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厄介な依頼人53

 そうして皆に祝福されての入籍も済んだある日のことだった。少々珍しい訪問者が鐘崎家の扉を叩いたのは、秋本番を告げる中秋の名月を二日後に控えた頃だった。  朝も早うから組の玄関前に若い衆たちが集まり、何やらザワザワと興奮状態である。呼ばれてやって来た幹部の清水が姿を見せると、訪問者はなんとその場に土下座をして、地面に頭を擦り付けながらこう言った。 「お……お控えなすって! 突然の押し掛け失礼致します! て、手前は……と、徳永竜胆(とくなが りんどう)と申します。こちら様で働かせていただきたくお願いに上がりました。ど、どうか……えっと、ご、ご一考賜りたく……この通りです!」  ところどころつっかえながらもガバリと頭を下げて必死な様子に、清水はもちろんのこと若い衆らも唖然としたようにあんぐり顔にさせられてしまった。 「……あの、これは自分の履歴書です」  働きたいという以上必要と思ったのか、震える手で封書を差し出してみせる。清水としても、こういった事例は初めてのこと故、どうしたものかと一瞬困惑顔が隠せない。とにかくは受け取ったものの、未だ土下座したまま動かない若い男を見つめながら片眉をしかめたままだ。するとそこへタイミング良くか紫月がやって来た。 「清水ー、いるか? 俺ら今から空港まで出掛けて来っけど、車を一台……」  そうなのだ。今日は香港から周の母親たちがやって来る日なのである。中秋の名月を楽しむ夕べは、ここ鐘崎邸の庭で行うことになっている為、鐘崎と紫月も出迎えに顔を出そうというわけだった。 「何だ、えれえ騒がしいな?」  玄関前に人だかりができている様子に紫月が首を傾げたその時だった。訪問者の男は彼に気付くなり、 「あ、姐さん!」  すがるように大声でその名を呼んだ。 「姐さんのお知り合いですか……?」  若い衆らが一瞬たじろいだように道を開ける。もしも本当に自分たちの姐さんの縁者なら、そう蔑ろにはできないからだ。  紫月は土下座状態の男を見るなり、驚いたように瞳を見開いた。 「お前さん、確か……この前、繭っちと一緒にいたヤツだよな?」  繭っちとは例の三崎財閥の令嬢の繭のことであるが、あれ以来すっかり親しくなってしまった紫月は、彼女のことをそんなあだ名で呼んでいるのだ。 「お、覚えていてくだすって光栄です!」  徳永と名乗った男は、紫月の言葉に興奮状態で表情を輝かせた。まるで少女漫画よろしく瞳の中に星がキラキラと瞬かん勢いだ。  そうなのだ。男は先日、三崎繭に雇われて川久保老人を拉致したメンバーの中に顔を揃えていた内の一人であった。

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