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厄介な依頼人59

 同じ頃、空港に向かう車中では紫月がやれやれと苦笑いに肩をすくめていた。 「ったくよぉ、お前ときたら早速に雄ライオン丸出しなんだから。初対面でタマ取るとか、マジであの若いのがビビってたじゃねっか」 「事実を言ったまでだ。間違ってもお前に粉掛けたりしねえように最初に釘を刺すのは亭主の役目だからな」  鐘崎はまるで悪びれたところもない堂々ぶりで深くシートに身を委ねている。そんな様子に呆れつつも、子供のように嫉妬心を剥き出しにする愛情がくすぐったくもあって、ついフっと笑みがこぼれてしまう紫月であった。 「俺、愛されてるなぁ」  クスクスと笑いながら逞しい肩先に寄り掛かる。そうされて気を良くしたのか、深くもたれていた身を起こすと、鐘崎は紫月の肩を抱き寄せて、そのまま額に軽い口付けを落とした。 「当然だ。この世の誰よりも何よりも愛していると云ったろうが」 「あー、うん……そうだったな」 「お前は?」 「え?」 「お前はどうなんだ。この世の誰よりも何よりも――」 「あー、はいはい。もちろんお前だけをあ……あー、その……あ……いして……」  ――ッ!?  『愛してるって――』その言葉は言わせてもらえなかった。鐘崎のしっとりとした形のいい唇に押し包まれてしまったからだ。 「……んー、んー……んがー! 遼ッ……!」  まだ午前中だというのに、まるでベッドの中に引きずり込まれるような濃厚なキスを食らって、紫月は目を白黒とさせてしまった。 「バッキャロ! ハナさんもいるってのに……てめ、こら……調子ブッこいてんじゃねっつのー」  ハナさんというのは鐘崎組で専属の運転手をしているベテランで、花村という初老の男のことだ。主に鐘崎か父親の僚一が乗る車を担当するベテラン中のベテランである。鐘崎が幼い頃からずっと仕えてくれているので、邸の要である源次郎同様、家族のような存在でもある男だった。 「いいじゃねえか、俺たちは夫婦なんだから。なぁ、ハナさん」 「おっしゃる通りですな! ご夫婦円満は組にとってもたいへん重要なことです」  花村まで味方につけんと、まさに悪びれもせずの堂々ぶりに閉口させられる。その花村の方がよく分かっているのか、頼もしそうに瞳に弧を描いて微笑む視線がバックミラー越しに確認できて、紫月はガラにもなく頬を真っ赤に染め上げてしまった。 「……ったく! この獰猛ライオンが!」  プリプリと頬を膨らませるも熟れた頬は隠せない。 「獰猛になるのは今夜までお預けだ。楽しみにしてろよ?」 「……はぁッ? ったく、性懲りもねえ……」  相変わらずの俺様ぶりで口角を上げた鐘崎の鳩尾にガツンと一発拳をくれながら、またひとたびプゥと頬を膨らませた紫月であった。 ◇    ◇    ◇

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