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厄介な依頼人60
その二日後――、鐘崎邸では周ファミリーを迎えての月見の宴が賑やかに催されていた。
かねてから予定していた周の母親たちの和服も、冰と紫月が反物選びから見立てたものができあがってきていて、その着付けやらの準備で朝から一騒動である。予定では冰と紫月が花魁に扮してみようなどと盛り上がっていたわけだが、それを聞いた母親たちが花魁の装いにとてつもなく興味を示した為、花魁道中の興は女性陣に譲ることになったのである。
そうなると、メイクからして特殊なので、普通の着付け師では間に合わない。急遽メイクアップアーティストである柊倫周と、その父親のモデル、レイ・ヒイラギも招待することになって鐘崎邸ではまさにてんやわんやの賑やかさとなっていた。加えて、仕事の都合がついたという周の父親と兄も女性陣から二日遅れで来日するとあって、周家の方も空港への迎えなどで慌ただしい。当の周と冰は母親たちの支度に付き合うので、出迎えの方は側近の李や家令の真田が担ってくれることとなり、当初よりも大規模な宴の準備に鐘崎邸の調理師たちも張り切っていた。
「まあ! なんて綺麗なお着物なんでしょう!」
「本当に! まさに映画で観たままだわ」
「こちらはウィッグ? いえ、カツラ……というのよね? まあ……! 本当に女優さんになった気分だわ!」
周の実母のあゆみと継母の香蘭、兄嫁の美紅は花魁用の着物や諸道具に興味津々である。部屋いっぱいに並べられた色艶やかな装いに包まれて、女性たちは溜め息の連続であった。
「しかし――すげえな。まるで江戸時代にタイムスリップしちまったみてえだ」
「吉原だったっけ? 俺も見るのは初めてだけど、本当に艶やかだなぁ」
周と冰もさすがに溜め息を隠せない。隣の部屋では鐘崎と紫月が源次郎に手伝ってもらいながら、自分たち男性陣が着る着物の準備で大忙しであった。
「さて、そろそろメイクの方を始めさせてもらいましょうか」
粉おしろいや紅などの支度が整った倫周がにこやかに声を掛ける。
「倫ちゃん、今日は忙しい中を本当にありがとう! まずはお化粧が先なのね?」
「ええ、そうです。おしろいをしてから着付けになりますから」
三人分のメイクを手掛けるわけだから、倫周も大忙しだ。
「どなたから始めましょうか」
「そうね、じゃあアタクシからお願いしようかしら」
周の継母である香蘭のメイクが始まると、他の二人の女性たちは興味津々でその筆運びに釘付けとなっていった。
一方、つい先日から見習いとして邸に通うことを許された徳永竜胆も兄貴分となる春日野について裏方の雑用に精を出していた。
「すごいですね。今日は朝から別嬪さんがゾロゾロ……。あの人たちは若と姐さんのお知り合いの方なんですか?」
「ああ、そうだ。今宵はお月見の宴があるからな。お客人は若と姐さんの大切なご友人で、香港マフィアの頭領御一家だ。くれぐれも失礼のないようにな」
「マ、マフィアですかッ! すげえ……やっぱ鐘崎組って超大物なんですね!」
まあ、徳永のような新入りにとっては、周ファミリーの面々と直接会って話すこともないわけだが、それでも同じ敷地内にそんな大物がいるというだけで心躍るようであった。
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