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極道の姐17

 一方、張敏の方でもスラム街を仕切っている人物とのコンタクトに漕ぎ着けていた。  隼からの連絡がきたのは深夜から未明になるような時間帯だった為、少々渡りに時間を要していたのだ。非常識なことをして相手を怒らせては、聞けるものも聞き出せなくなるからだ。 「早くから煩わせてすまないな。ここいら一帯によそ者が入り込んでいるか――もしくはここ最近でどこかの空き家を貸したりといった動きがあるかどうかを知りたい。こちらも少々ワケ有りでね、不躾は承知だ。ご理解いただけると有り難い」 「張、お前さんも随分と品良くなっちまったもんだな。まあ、昔からそうやって礼儀を重んじるところだけは変わらねえが――」  張とこのスラム地区一帯を仕切っている男とは昔からの顔馴染みだ。今でこそ王道を歩み始めた張であるが、経営を軌道に乗せるまでは一匹狼と言われながら様々後ろ暗いことにも手を染めてきたのは事実である。表は政治家から裏社会の実力者やスラム街の面々に至るまで、とにかく顔が広い。張自身、自分はマカオでは顔が利くのだといつか冰に自慢していたことがあったが、満更嘘でもなかったというわけだ。  今回も張の鶴の一声でスラム街のドンと言われている男が快く対応してくれているわけだが、それ自体が通常では有り得ないことなのである。  朝も早くから押し掛けたにもかかわらず、ドンの男は知り得る情報を惜しみなく話してくれたのは有り難かった。これも張の人徳とこれまでの対外的な交流手腕の賜といえる。  ドンの話によると、かなり以前に廃業したまま空き家となっているホテルの跡地を、ここ十日ばかりの間に外国人の男たちに貸したという情報を得ているということだった。 「あのホテルを経営していたのは俺のガキの頃からの馴染みの男の両親だったんだがな。事業が傾いてホテルは廃業に追い込まれたが、その後も買い手がつかないままヤツの家には莫大な借金だけが残った。両親は次々と病に倒れ、まだ十代半ばだったヤツは忽然と姿を消しちまった。噂じゃ親戚を頼ってアメリカに渡ったとも言われていたが、実際のところは誰にも分からん」  そんな彼がひょっこりこの街に戻って来たのはそれから二十年ほどが経ったつい最近のことだったそうだ。 「久しぶりに見たヤツは随分と変わり果てていて驚かされたもんだ。幼馴染みのよしみで俺の所にだけは挨拶に顔を出したが、最初は誰だか分からんほどだった。こっちの言葉もえらく留守になっちまったようで、連れの女に通訳させる始末だ」 「まさか広東語を忘れちまったというわけか?」 「おそらくは使わん内にそうなったんだろう。片言で単語くらいは拾えるようだったが、流暢に英語でしゃべくっていたからアメリカに渡ったというのは事実らしい。なんでも向こうでマフィアの一員になったとかで、えらく羽振りの良さそうに振る舞っちゃいたが、どこまで本当か知れたもんじゃねえな。ただ、仲間を引き連れて戻って来たらしく、そいつらと組んでこれから一儲けする当てができたとか息巻いていたのは確かだ」  彼の言うには、ホテルを再建するのも夢じゃないとうそぶいていたらしい。

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