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極道の姐35
「祝言……ね。俺もそのつもりだったよ。周焔は香港マフィア頭領の息子だ。うちの組織とも縁が結べれば、何かと好都合と思って付き合ってきたんだが……。ところが、あの男は俺を裏切りやがったのさ。こっちはとんだ煮湯を飲まされて散々だ!」
静雨は更に驚きに目を剥いた。
「裏切られたですって? あなたが? 冗談でしょ?」
周が唯一無二と言い切ったほどの相手だ。この世の誰よりも愛していると自身の耳ではっきりと聞かされたことは忘れられるはずもない。当然、冰の言うことを鵜呑みになどできるはずもなかった。
だが、冰は更に追い討ちを掛けるかのように下卑た台詞を並べ立てていく。
「あんたも覚えてるだろ? 俺があんたの為に稼ぎ出してやった横領金の五千万。あの時カジノで勝ち取った金ってのは、実はあれだけじゃなかったんだ」
「……どういうこと?」
「あの五千万はほんの一部で、実際にはあの何百倍って大金が手に入ってた。それを目の当たりにしてあの男は金に目が眩んだんだろ? あの後すぐに全額持ち逃げしやがったのよ。俺のこともあっさり捨てて、何度連絡をしようが繋がりゃしねえ! 聞くところによると、今は新しい女を作って悠々自適の左団扇だそうだ。……ったく、ふざけやがって!」
憎々しげに冰が言い捨てると、静雨はようやく耳を傾ける気になったのか、未だ少し怪訝そうにしながらも戸惑う様子が見て取れた。
「……じゃあ、あなたが焔に捨てられたっていうのは本当なの?」
「……ッ、そういうことになるんだろ! あの野郎、俺を愛してるとか抜かしながら、まんまと金を横取りしやがったんだ! マカオだけじゃなく、方々の国で稼いでやったってのによ! 上手くすりゃ小さな国が買えるほどの大金だったんだぞ! それを全部掻っ攫いやがった……! 恨んだって恨み切れやしねえ!」
まるで地団駄を踏むように、ともすれば歯軋りせん勢いで苛立ちをあらわにする様子を見て、静雨は次第に信じ始めたようだった。
「……そう……あなた、捨てられたの。こんな言い方したら悪いけれど、アタシもあの焔が男を恋人にするなんて信じられなかったのよね。新しい女に乗り換えたってことは……やっぱりあなた、彼に遊ばれただけだったのね」
ある意味えげつない言い方ではあるが、まるで気の毒にといったふうに眉をひそめている。
「ふん! ただ遊ばれただけならまだしもだがな。俺が許せねえのは……あの男の目的が最初から俺の賭け事の腕前だけだったってことよ! 俺に稼がせるだけ稼がして、結局は女を作ってトンズラだと? 俺はな……あの野郎の口車に乗せられて、都合のいいカモにさせられてた自分自身にも腹が立って仕方ねんだ……。ったく! 考えただけでも腑煮えくり返る……ッ!」
ガッと側にあったソファを蹴り飛ばして、額には目に見えるほどの青筋を立てて怒りをあらわにする。その迫力には静雨はもとより周囲にいたロンや他の男たちも一瞬尻込みするほどで、彼が本気で腹を立てている様子に恐怖さえ感じるわけか、誰もが苦虫を噛み潰したような表情でいた。
「……そうだったの……。まさかあなたがそんな目に遭っていたなんてね」
静雨の中では、冰の境遇と自身の惨めさが重なり合ったというわけか、すっかり同情の境地に入り掛かっているようだった。
そんな二人のやり取りを窺っていたロンが、薄ら笑いと共に口を挟む。
「はは……、まあお怒りはご尤もだよな。よ、よかったじゃねえか、静雨。この御方はマカオのマフィアだっていうし、香港マフィアの周兄弟と対決させるには打ってつけじゃねえか! 二人で一緒に周焔を気の済むまで甚ぶってやりゃいいぜ。俺は兄貴の周風の方で存分に遊ばせてもらうからよ!」
マカオの裏社会の重鎮だと紹介された冰のことを敬う気持ちがあるのか、はたまた今の怒りようを目の当たりにして自分よりも”おっかない”人物と感じたのかは定かでないが、すっかり信用して仲間に入れてくれるつもりでいるらしい。ロンもこう言っていることだしと、静雨の方も素直に了承を口にした。
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