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極道の姐46

「本気で刺してえと思うなら刺せばいい。俺はこの世で唯一、こいつの為なら命なんざ惜しくねえ。これは強がりでもハッタリでもねえぜ? だが、その前にもう一度よく考えろ。アンタの本当にやりてえことは俺を刺すことなのか? それとも遼二のガキを産むことか? アンタが全身全霊かけて心底望むってんなら俺も納得して刺されてやるさ」 「……う……るさい……黙って……! そんな脅しに……騙されないわよ!」 「アンタが本当にしてえことは瑛二ってヤツに気持ちをぶつけることじゃねえのか? それとも新しく持とうとしてるアンタの店を銀座一のクラブにすることか? ホントに体当たりするってんならそのどっちかだと俺は思うね」 「……ッ!」  サリーの脳裏にたった今紫月が言ったことを実行する自分の姿が浮かぶ。プライドも何もかもかなぐり捨てて、愛する瑛二にどうして自分じゃなく他の女を選んだのかと訊く姿。はたまた瑛二のことはすっぱりと諦めて、銀座でトップを取り、たくさんの客たちに囲まれて華やかに微笑む自分の姿――。  それらの想像が浮かべば、サリーの瞳にまたしても大粒の涙が浮かんでは滝のように流れて頬を伝った。 「無理よ……そんなの無理! アタシにはもう引き返すことなんかできないわ……。こんなことして、あなたも遼二も巻き込んで……こんな女が銀座でトップを取って輝き続けるなんてできっこない! 瑛二だってこんなアタシを知ったら、きっと軽蔑するわ! アタシができるのは……もうとことん悪になり下がるしかないのよ……ッ!」  ナイフを握り締めたままガタガタと震えながら嗚咽する。紫月はゆっくりと彼女の気を逆撫でないように歩み寄ると、真正面まで近付いて瞳を細めてみせた。 「そんなこと言うんじゃねえ。銀座でナンバーワンを張ってるお前らしくもねえ」 「そんなの……もう昔の話よ。今のアタシは……ナンバーワンなんかじゃないし、男にも捨てられたみっともないだけの女だわ……。こんな大それたことまでして、もうあの頃に戻ることなんてできない……!」 「そんなことはねえ。アンタはまだ何もしちゃいねえ。俺を刺してもいなきゃ、遼二と寝たわけでもねえ。何ひとつ変わっちゃいねえんだ」  ナイフを握ったサリーの手をすっぽりと両手で包み込みながら紫月は彼女を見つめた。真正面からしっかりと視線を合わせて、澄んだ瞳で語り掛ける。 「勇気を出せ、サリー。気をしっかり持って本当のアンタに戻るんだ。いつものように華やかに笑って身も心も綺麗な女に戻るんだよ。堂々と胸を張って最高の笑顔で俺たちを迎えてくれたお前はめちゃくちゃイイ女だったぜ?」 「……そ……んなの……」 「どうせならアンタが本っ当にしてえと望むことに命をかけろ。目をそらしてごまかすんじゃねえ。凛と胸を張って堂々と挑めよ! そういうアンタなら俺も遼二も精一杯応援するさ。仮に望みが叶わなかったとしても後ろめたい気持ちは残らねえ。辛くて苦しいかも知れねえが、乗り越えられた時には王道を進めるじゃねえか。そうだろ、小悪魔サリーちゃん?」  ニカッと白い歯を見せて笑った紫月の顔を見た瞬間に、サリーの瞳からまたしても滝のような涙がこぼれ落ち、そのまま崩れるように床へとへたり込んでしまった。

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