356 / 1208
極道の姐47
「……ッう、……うっ、紫月……ッ、紫月ちゃん! アタシ……ごめんなさい! こんなことして……アタシ、本当にごめん……なさ……!」
「ん、それでいい。それでこそ俺たちの知ってるサリーだぜ!」
共にしゃがみ込んでゆっくりと髪を撫で、紫月は懐の中に彼女を抱き寄せた。
「え……ッえん……紫月、ごめん……こんなアタシ……」
嗚咽で言葉にならないものの、『こんなことをして本当にごめんなさい』と言っているのがよく分かった。そんな二人の様子に瞳を細めながら、いつの間にか姿を現した僚一が息子の鐘崎の縄を解いていた。
「よし、紫月。サリーのことは俺に任せろ。お前は遼二の介抱を頼む」
穏やかにそう声を掛けられて、紫月は父を振り返った。
「親父! ああ、うん! そんじゃ後を頼む」
自然と口をついて出た言葉にこれまでのような敬語は見当たらない。『親父さん』ではなく『親父』と呼ばれたことが、僚一にとってはとてつもなく嬉しかったに違いない。緊急事態を共に乗り越えたことで、無自覚の内にも強い絆が二人を結びつけたのだろうか。とびきりの笑顔でうなずいた父を見つめながら、紫月にとってもまた、本物の親子になれた瞬間だったのかも知れない。
そんな父に抱き起こされながらひどく苦しそうにしている愛しい亭主の姿にホッと胸を撫でおろす。一刻も早く薬の力から解放してやらねばと立ち上がった時だった。
「紫月……! そうだわ、あなたたちの友達……! 周焔だったわね? 彼も今頃は大変な目に遭っているはずだわ……!」
サリーが思い出したように慌てた様子でそう訴え掛けた。
「彼の方は……もしかしたら本当に殺されてしまうかも知れないッ! アタシを仲間にしてくれた唐静雨っていう女性と、彼女の連れの男がそう言っていたわ!」
早く助けに行かないと……といったように焦燥感いっぱいに見つめてくる。自分たちがしようとしていたことの重大さに気がついた今となっては、サリーも気が気でないのだろう。それに対して、今度は僚一が答えた。
「よし、それじゃサリー、お前も一緒に来い。周焔はこの真向かいの部屋に捕らえられている。今頃はヤツの方にもヤツの伴侶が助けに向かっているはずだ」
僚一の言葉に、驚いたようにしながらもサリーが首を傾げた。
「伴侶って……? 周焔っていう人の奥さんが助けに来ているの?」
「そうだ。焔の伴侶も紫月と同様に男だがな。きっと彼も自分の命をかけて焔を守る為に必死に戦っているはずだ。たった今、紫月がお前さんに心から向き合ったように……な?」
僚一は薄く笑むと、紫月の手からサリーを受け取ってこう言った。
「お前さんもよく見ておくといい。紫月や冰がこの世で何よりも大切に想う伴侶の窮地にどう立ち向かうのかってことを。例えそれがどんなに危なかろうが、もしくは勝利の見込みがなかろうが、決して諦めずに立ち向かう。一途に揺るがない命をかけた極道の姐の覚悟ってやつだ。今のお前さんになら理解できるはずだ」
『ついて来い』と言って僚一はサリーの腕を取ると、息子のことを紫月に任せて侵入してきた風呂場へと戻って行った。
ともだちにシェアしよう!