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極道の姐60

 その後、周たちが帰って行った部屋で未だ泣き止まぬ静雨をサリーが慰めていた。 「本当はまだ好きだったのね、周焔のこと……。あなた、彼を殺したいほど憎んでいるなんて言ってたけれど……」  それは恋心の裏返しだったのねと切なげに瞳を細める。静雨もコクコクとうなずいた。 「ええ、ええ……大好き……! 好きで好きで堪らないわ……! それなのにアタシ……あの人を葬ろうだなんてこんな大それたことして……今はあの人が生きていてくれて本当に良かったって……それしかない」  言いながら更に号泣する静雨の肩をさすりながら、サリーも熱くなってしまった目頭を抑えていた。 「ねえ、静雨さん。あなた、よかったらアタシのお店へいらっしゃらない?」 「……え?」  静雨は驚きにハタとサリーを見上げた。 「アタシね、自分のお店を持とうと思ってるの。今まで勤めていたお店を辞めて、新しく借りる店舗も決まっているわ。そんなに甘くないことは承知だけれど、精一杯頑張っていいお店にできるよう努力するつもりよ。だから、もしあなたがよければアタシのお店に来てくださらない? 一緒にやれたら嬉しいなって思うんだけれど」 「サリーさん……」 「もちろん無理にとは言わないわ。あなたがこのままニューヨークへ戻ってやりたいことがあるならそれでいいんだけれど……もしもこれからの目標が何も決まってないならと思っただけよ」  サリーの厚意に静雨はより一層しゃくり上げながら泣いてしまった。 「あ、ありがとう……ありがとうサリーさん……! でもアタシ、アタシね、故郷に帰ろうと思うの」 「故郷ってあなたのご実家?」 「ええ。蘭州にあるの」 「蘭州って麺料理が有名な所よね? お客様で蘭州ラーメンがお好きな方がいらして、よく話題に出ていたわ」 「そうだったのね。実はアタシの実家、そのラーメン屋を営んでいるの」 「まあ、そうなの?」 「本当に零細の小さな店だけれどね。今は両親が二人でやっているんだけど、だんだん高齢になってきているし、アタシも好き勝手やってきたけどそろそろ潮時かなって思ったわ。こんなことまでしたのに焔と冰さんは許してくれて……もう二度と彼らに迷惑を掛けない為にも実家に帰るのが一番いいんじゃないかって思って……」  哀しげに笑う静雨を見つめながら、サリーもまた切なそうにうなずいた。 「そう……。ええ、そうね。あなたが帰ればご両親も喜ばれるわね」  確かにその通りかも知れない。サリーの店に勤めれば周のいる汐留は目と鼻の先だし、今後もどこかで顔くらいは合わせる機会があるだろう。だが、静雨にとってそれがいいことばかりとは限らない。周への叶わない想いを目の当たりに苦しみ続けるよりも、汐留からも香港からも遠く離れた蘭州の実家で両親と過ごす方が癒しになるのかも知れないとサリーは思った。  かくいうサリー自身も瑛二の住む東京で店を切り盛りしていかなければならない現実は、想像するよりも辛いことの方が多かろう。だが、乗り越えていかなければならない。前を見て歩いていかなければならないのだ。 「静雨さん、アタシ……あの、離れてもずっと繋がっていたいわ。あなたが頑張ってると思えばアタシも頑張れる気がするの。だから……もしよかったらアタシと友達になって」 「サリーさん……ありがとう……ありがとう本当に……!」 「佐々木里恵子よ。佐々木と里恵子の頭の文字を取ってサリーっていう源氏名にしたの」 「……! 里恵子さん……。そうだったのね」 「ええ。これからは里恵子って呼んで」 「ええ、ええ……。里恵子さん、アタシも……ずっと友達でいたいわ……!」  どちらからともなく差し出した手を取り合い、二人の女たちは共に涙を流し合ったのだった。それは切なく、だが少し暖かく――まるで厳しい冬の寒さの中に早春の息吹を感じるような、そんな温もりが二人を包み込むようでもあった。

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