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漆黒の記憶19

 大家も協力してくれて、アパートに長く住んでいる住人たちから一軒づつ当たっていく。清水と春日野は周辺の公園や冰が通っていた小学校などにも聞いて回ることにした。  丸一日かけて聞き込みをした結果、黄老人と冰の暮らしぶりが見えてきたが、その誰もから本当に仲睦まじく本物の家族のような二人だったと懐かしむ言葉が聞かれた。冰の両親が亡くなった頃のことも知っている者がいたが、生憎たいそう高齢となっており記憶が曖昧で肝心のことは分からずじまいであった。  その日は市内のホテルに泊まり、翌朝からも引き続き聞き込みに回ることにする。すると、その甲斐あってか夕刻になる頃に当時のことを知る老夫婦と巡り合うことが叶った。公園などを聞き込んで回っていた清水と春日野が耳よりな話題を聞きつけてきたのだ。  報告を受けて鐘崎と紫月も急ぎその夫婦の元へと向かった。 「おお、おお、あの時のことはよう覚えておりますじゃ。わしは黄さんとは囲碁仲間じゃったから、それこそしょっちゅう行き来をしておりましての。ちょうど今くらいの時期じゃったかの。えらく風の強い夕方のことじゃった。この辺りは街並みも古うての、風に煽られて電波を受信するアンテナか何かが吹き飛ばされましてな。ちょうど道を歩いておった黄さんを直撃したんじゃ」 「その事故で辺り一体は停電になりましてね。回復したのは丸一日経った後でしたわ。黄のおじいさんは命に別状はなかったものの、手の筋を切ってしまわれましてね。それまでカジノのディーラーをなさっていたんですが、その事故がきっかけで引退せざるを得なくなったんですよ」  夫婦が交互交互に当時の様子を振り返る。 「黄さんは幼い冰ちゃんを抱えておったからの。生活の為にそれ以後もカジノの掃除夫として仕事を続けておったんじゃが、あれだけの腕のいいディーラーでしたからの。もう二度と腕を振るえなくなったことは相当にお辛かったようじゃ。冰ちゃんの前ではそういった感情を見せんようにしとったが、わしらにはよくこぼしておった。情けないと言うて涙してたこともありましたじゃ」  確かに黄老人にとっては悲劇だったに違いない。 「冰ちゃんも幼いながらにおじいさんの気持ちは分かっていたのかも知れませんわ。一生懸命にディーラーの練習をして、将来はじいちゃんのような立派なディーラーになって恩返しするんだって。学校から帰ると毎日練習していましたわ。お友達と遊ぶ時間も削って、それは一生懸命にね。本当だったら親御さんに甘えて遊びたい盛りだったでしょうに、本当に心根のやさしいいい子でした」  冰は焦れたり当たったりすることなく、黄老人の怪我の介護をしながら、夕飯の買い物なども進んで行っていたという。夫婦の話からもその頃から健気だった冰の様子が目に浮かぶようだった。

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