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漆黒の記憶20

 老夫婦の元を(いとま)した帰り道、鐘崎は早速に汐留の周へと連絡を入れた。  周は現地にまで飛んで経緯を突き止めてくれたことを非常に驚き、心からの感謝を述べた。 「そうか……。そんなことがあったのか」  黄老人がカジノを引退したことは知っていたが、単に高齢によるものと認識していた周には衝撃的だったようだ。 「カネ、本当にすまない。まさか現地にまで行って突き止めてくれるとは……。一之宮はもちろん、組の大事な幹部や若い衆にまで労をかけてもらって礼の言葉もねえ」 「そんなことは気にするな。俺たちにとってお前と冰は家族も同然だ。動けるヤツが動くのは当たり前でお互い様のことだ」  そう言ってくれる友に思わず涙腺がゆるむ。周は電話越しに人知れず熱くなった目頭を抑えたのだった。 ◇    ◇    ◇  その後、一週間ほどが過ぎ、冰も汐留での生活に馴染んできた様子だったが記憶の方は相変わらずである。周と共に朝食をとった後は昼まで邸でディーラーの技の練習などをしながら過ごしていた。午後から少し社長室へと顔を出し、コピーやお茶淹れといった簡単な仕事を手伝い、三時のティータイムが済むと邸に戻って真田と共に周の帰りを待つのが日課となっていった。  黄老人を彷彿とさせるような雰囲気の真田にはよく懐いて、近頃では一緒に夕飯の支度などをするようになってもいた。調理場の者たちも子供に戻ってしまった冰を憐れに思いながらも、元来の素直でやさしい性質に更に輪をかけたような可愛らしさには心和む日々のようであった。 「ねえ真田さん、白龍のお兄さんは何が一番好きなのかなぁ。僕にもできる簡単なお料理があれば作ってあげたいんだ」 「おや、それは喜ばれるでしょうな! 焔の坊っちゃまはあまり好き嫌いはございませんが、水餃子をフカヒレのスープに浸した我が家独特のお料理が特にお気に入りのようですぞ。いつもスープまで残さずに全部飲んでくださいます」 「水餃子って難しいですか?」 「種をこねてしまえばさほどでもございません。包むのが少し難しいかも知れませんが、冰さんならば大丈夫でございますよ。坊っちゃまを想ってくださるそのお気持ちが何よりですのできっと上手にできるようになります。一緒にやってごらんになりますか?」 「はい! シェフさんたちに教えていただきながら上手にできるようにがんばります! 白龍のお兄さんにはいつも優しくしてもらってるから何か僕にできることをしたいんです」 「さようでございますか。坊っちゃまもお喜びでしょう。では本日のメニューは水餃子のスープをメインに致しましょうな」 「ありがとう真田さん! お兄さんに喜んでもらえるように、僕がんばります!」  まるで祖父と孫のように仲睦まじく夕飯の支度に精を出す姿が本当に愛らしい。調理場の者たちも心癒される思いでそんな二人を見守るのだった。

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