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漆黒の記憶36
その数日後、祝いがてらクラブ・フォレストの里恵子とその恋人の森崎が周家へとやって来た。喜びはもちろんだが、里恵子にとってはそれと共にまずは謝罪をしなければと思ってのことのようだっだ。自分の店のホステスが無断で周に取り入ろうとしたことを知ったのだ。
「ごめんなさい周さん! 私も昨夜初めてそのことを知ったの……。まさか愛莉がそんな失礼をしていただなんて」
「あの女、愛莉というのか」
「ええ、そう。あの後……多分あなたを訪ねた直後だと思うわ。愛莉が急に店を辞めると言い出してね。あまりに突然だったんで理由は分からずじまいのまま辞めていったのだけれど……昨日になって女の子たちからそのワケを聞いたわ。あなたに直談判しに行ったけど思うようにならなかったとか。本当に失礼なことをしてしまって……しかもアタシ自身昨日までそのことを知らなかったなんて……不行き届きもいいところだわ。反省してます」
恐縮も恐縮といったように肩を震わせて頭を下げる。そんな彼女に周はとんでもないと言って手を差し伸べた。
「お前さんのせいじゃねえさ。あの女も商売だろうから気にするな」
「周さん……本当にごめんなさい。あの子、確かに向上心は人一倍強い子でね。強引なところもあるんだけれどお店にとっては悪いことばかりじゃないし、それに……アタシも以前は彼女のことをどうこう言えないようなこともしてきたから……。あなたや鐘崎組の僚一さんや遼二、それに紫月ちゃんにも散々迷惑を掛けちゃったし……」
だから多少のことは目を瞑って、彼女のいいところだけを見てやりたいと思っていたようだ。
「で、あの女はお前さんの店を辞めてどうしようってんだ。向上心が強えってんなら自分の店でも持つつもりなのか?」
「ええ、女の子たちの話ではどうも東京を離れて九州に行くと言っていたらしいわ。彼女、元々そちらの出身でね。自分のお店を持つかどうかまでは分からないけれど、ホステスを辞める気はないと言っていたらしいわ。地元へ帰って真面目にやってくれるといいのだけれど……。ただ万が一にもあなたに逆恨みなんていうことを考えていないとも限らないわ。もしも彼女が何か言ってきたら、その時はアタシに教えてください。彼女のことはアタシの責任でもあるから」
里恵子は心配そうにしていたが、周はそれこそ気にするなと言って笑った。
「大丈夫だ。お前さんの店を辞めた女が何をしようとそれはもうお前さんの責任じゃねえ。それに俺の方でもある程度目は光らせておくから案ずるな」
「周さん……。本当にごめんなさい。冰ちゃんの記憶が戻ったおめでたい時だっていうのに、余計なことで煩わせてしまって」
「お前さんの気持ちはよく分かってるつもりだ。さあ、もう顔を上げてくれ。真田が茶の用意をしているだろうし、冰もお待ちかねだ。いつもの明るい笑顔を見せてやってくれ」
そんなふうに言ってくれる周に、里恵子も、そして恋人の森崎も心から恐縮し、有り難く思うのだった。
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