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三千世界に極道の華58

「確かに……転がった弾を女に気付かれて、拾われでもしたら厄介だな」  自分が小石を投げんと拾い上げたタイミングで、偶然にも鐘崎は盃を落として徳利までが倒れたわけだ。他に方法がなかったとはいえ、危うく女に存在を気付かれるところだったと思うと冷や汗が滲みそうだ。既に天井裏に潜んでいたというなら当然僚一の仕業だと思ったわけだが、確実に狙った所を外さない腕前はやはりさすがである。 「しかし――催淫剤とはな。是が非でもカネを抱え込みてえわけか。既成事実を作っちまえば美人局でもでっち上げて脅す気だったってことか。昨夜カネを拐って来る時には睡眠薬を盛ったばかりだろうに、その効果も切れてねえ状態で催淫剤なんざ、身体がイカれちまうと思わなかったのか」  それでは仲間にする以前に体調を崩して使い物にならなくなることだってあろうというのに、馬鹿な連中だと周が憤りをあらわにする。 「ヤツらもそこはよく分かっていて、素面の状態じゃ思い通りにできねえと踏んだんだろう。それよりも……推測するに遼二が盛られた薬ってのは睡眠薬なんて甘っちょろいモンじゃなさそうだ。実際、かなり厄介なものと見ていい」 「厄介だと? そういやさっきの連中が言っていたな……。記憶を曖昧にしちまうとか何とか」  周が顎に手をやって考え込んでいる。 「ああ。神経系統に作用する麻薬で、自分がどこの誰だったのかも思い出せなくなるという代物だ。昨夜ヤツらが話していた内容から察するにデスアライブ、通称DAの可能性が高い」 「DAだと……! そいつは確か……あまりにも危ねえってんで使用が禁止されている薬物だったはずじゃねえか」 「そうだ。デスアライブ、つまり肉体には特に影響を与えないが、精神はこれまでとはまったくの別物に変えられちまう。飲めば飲むほど徐々に記憶と自我を失くし、新たに植え付けられた情報だけを信じ込むようにできているという危ねえ代物だ。戦闘用の人体ロボットを作る目的で開発された薬だが、あまりにも非人道的だという観点から使用を禁じられ、表向きは生産もされなくなったとされている」  要は身体的にはこれまでと何ら変わりなく生きていられるが、精神や人格は失ってしまうわけで、それ故に付けられた通り名がデスアライブというらしい。 「噂じゃ生死が紙一重と言われてたな。確かに見た目は生きちゃいるが、性質も何もかも変わっちまうとなれば死んだも同然といえる。まさか……カネはそいつを食らったってのか? じゃあ一之宮も……? そういやさっきもなかなか起き上がれずにいたが……」 「いや、紫月の方は少し強めの睡眠薬を盛られただけだろう。ヤツらが欲しいのは遼二だけのようだからな」  確かに稼ぎ頭である花魁を拐えば上納金も滞るというものだ。そこは敵もよく分かっているというところだろう。

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