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三千世界に極道の華59

「……ッ、じゃあカネの記憶を取り戻すのは困難ってわけか?」 「容易とは言えねえだろう」 「そんな……ッ!」  今度は橘がいきり立つ。 「落ち着け橘! 容易とは言えんが可能性はゼロじゃねえ。遼二が盛られたのは今のところ昨夜の一度きりだ。常用しなけりゃまだ快復の可能性は充分に残っている」 「常用って……。じゃあヤツらは若にそのDAって薬を盛り続けるつもりでいるってことですかい?」 「その役目としてさっきの女を使うってところだろう。同時に女と深い関係を持たせて、遼二が女に溺れでもすれば、それを盾に取って言うことを聞かせる算段だろうな」 「……ッ、ふざけたことを! 若には姐さんっていう立派なご伴侶がいらっしゃるんだ! 誰があんなアバズレ女なんかに溺れるもんかってんだ!」  そうはいえども記憶が曖昧な中で充てがわれた女に溺れてしまう可能性がないとは言い切れない。すっかり頭に血が昇ってしまったらしい橘を横目に、周はこれからのことを冷静に思い巡らせていた。 「それで――どう動くつもりでいるんだ。お前がすぐにカネを連れ帰らねえで、こんな所で悠長に話をしているってことは、何か算段があるってんだろう?」  確かに敵の目が無い今ならば事情を説明するよりも先に三人で鐘崎を抱えて連れ帰ることは十分可能だろう。それをしないでこの場に留まっているということは、僚一には他に手段があるのだろうと思うわけだ。 「察しがいいな。遼二には酷だが、しばらくこのまま敵の思惑通りここに居てもらうつもりだ。むろん、俺が陰から張り付いてこれ以上例の薬を盛られるのは防ぐが、表向きは順調に事が運んでいると敵に思わせておきたい。その間にこちらで進めたいこともあるんでな」 「カネを目くらましとして使うってわけか……」 「あいつも極道の世界に生きる男だ。危険とは背中合わせってことは覚悟できている」  それが自分たちが身を置く世界である。周自身、言われずともそれはよく分かっているつもりだ。 「だが女の方はどうするつもりだ。あの女はカネを骨抜きにしろと言われているようだし、まさか策の為にヤツに女を抱かせようってか?」  それでは鐘崎と紫月にとってあまりにも酷な話だろうと懸念する。 「心配するな。女のことは遼二に代わってこの俺が引き受ける。なに、心配には及ばねえ。俺と遼二は体格も顔の造りもよく似ているからな。暗闇の床の中じゃ見分けはつくまい」  僚一は笑ったが、周と橘にしてみれば驚愕である。まさか息子の貞操を守る為に自ら素性も知らぬ女を抱こうというわけかと絶句させられてしまった。 「勘違いするなよ? 何も本当に寝ようってわけじゃねえ。ある程度付き合ったら、それこそちょいと睡眠薬でも盛って女を眠らせちまえばいいだけだ」  それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。

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