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三千世界に極道の華71

 同じ頃、僚一の方では美濃屋での客あしらいを終えて抜け出して来た酔芙蓉と対峙していた。傷のメイクも施したことだし、とりあえずは万全の体制といえるものの、入れ替わったことに気付かれないよう念には念を入れて部屋の灯りはすべて落とした真っ暗がりの中で彼女がやって来るのを待っていた。 「主さん? おや、灯りも点けないで! 気分はどうだい?」  真っ赤な紅を差した唇が暗闇の中でも艶やかに目を引いている。 「晩ご飯を持って来たよ。すぐにお酒の支度をするからね」  女は甲斐甲斐しく膳を整えると、それらを持って布団の上でぼうっと座ったままの僚一の元へと運んできた。 「ほら、お食べよ。あんた、昨夜っから何も口にしてないんだろ? 少しでも食べないと身体がイカれちまうよ」  おひつから白飯をよそい、真っ白な粉化粧の手で差し出してくる。それを受け取らんと無意識に手を差し出した時だった。突如、女が椀を引っ込めて、立て膝をつき二、三歩後ろへと飛び退いた。 「お前さん……いったい誰だい!?」  物凄い形相で睨みながら警戒しているようだ。まさかこんな暗闇の中で入れ替わったのがバレるわけもなしと僚一の方が驚かされてしまったほどであった。 「昼間の男じゃないだろう……。いったいどういうつもりだい!?」  女が凄みのある声で食って掛かってくる。さすがの僚一も参ったというところか、フッと笑むと、 「何故そう思う」  面白そうに女に向かって問い掛けてみせた。 「何故だって!? そいつはこっちが訊きたいね! アタイは男に関してはプロだよ! 昼間のヤツとお前が別人だってことくらい見抜けないとでもお思いかい! 舐めんじゃないよ!」  女は言うと、すぐに仲間を呼ぶべく立ち上がって部屋を出て行こうとした。 「待て!」  すかさずその白魚のように化粧の乗った手を掴んで引き留めた。 「何するんだい! 大声出すよ! お放し!」 「まあ待て。いや、大したもんだ。おめえさんを見くびったことは謝るぜ」  僚一が素直に頭を下げると、女も一瞬戸惑ったようにして大きな瞳を見開いてみせた。 「まあ座ってくれ。お前さんにちょいと頼みがあるんで」 「……頼みだって? ふざけたこと抜かしてんじゃないよ……アタイが素直に敵の言いなりになると思っておいでかい!」 「敵――ね。だったらお前さんにここの任務を言いつけた男たちがお前さんの仲間ってわけか? 俺にはそうは思えんがな。千束にある高級料亭”芙蓉(ふよう)”の女将になるはずだった――蓉子(ようこ)さんよ?」  僚一の言葉に女はギョッとしたように瞳を見開いた。 「何で……そんなことを知ってる……? あんた、いったい……何者だい……」 「おめえさんがこの道のプロなら、俺もまた別の意味でのプロだと自負している。あんたのことは既に調査済みさ」  あまりにも驚いてか、呆然としたように突っ立ったまま動けずにいる女の手をやさしく握りながら、僚一はクイと彼女を懐へと抱き込んだ。

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