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三千世界に極道の華86

 『飛天』という言葉を受けて鐘崎と周が同時に瞳を見開く。つまり肩を貸せという意味である。  それは学生時代に三人で稽古の傍ら、遊び半分で編み出した技の名称だったのだ。一之宮道場で師範の飛燕にも内緒で三人で考えては何度トライしたことだろう。毎度毎度失敗を繰り返しては汗だくになり、三人で地べたに寝転んで笑い転げた日々が懐かしく思い出される。 「飛天って……例のアレか?」 「……一度も成功したことねえぞ、あれ……」  鐘崎と周が思いきり眉を吊り上げながら互いを見合う。だが、そんなことを言っている場合でもない。この化け物のような大男を倒すには一か八かやってみるしかない。 「いくぞ!」  紫月が身構えて叫ぶ。考えている暇はない。 「分かった――」 「来い、紫月!」  紫月が勢いよく走り出すと同時に二人が地面へとしゃがみ込んで肩を差し出した。 「今度こそ成功しろよー……。乾坤一擲! 飛天一閃ーーーッ!」  猛ダッシュした紫月の素足が周の背中と鐘崎の肩を一歩二歩と順々に踏み台にして空高く舞い上がる。空中で身を捩り一回転しながら刀を利き手に持ち替え渾身の力を込めて振り下ろす。大男は上空から斬り掛かってくる姿を見上げながら余裕の仕草でその刃を受け止めた。  カーンッと刃と刃が重なり合う音が響いて、やはりか繰り出した技が止められてしまう。 「はん! チビ共が! ガキの飯事がこの俺様に――」  通用するとでも思ったか――そう言い掛けた瞬間に両の足元を思い切り蹴り飛ばされて、大男はその場で前のめりにつまずいた。上に意識を取られていた隙に鐘崎と周から同時に攻撃を食らったからである。これまでテコでも崩れなかった身体が地面に向かって顔面から倒れ込み、砂埃が舞い上がる。その背中に向かって紫月がとどめの一撃である峰打ちを振り下ろすと、「ぐあぁッ」という鈍い呻きと共に大男が意識を失った。  その大きな肢体をゼィゼィと息を切らした紫月が大きな瞳をまん丸くして見下ろした。 「……やったか?」  鐘崎と周も駆け寄って三人で大男を見下ろす。当の彼は大口を開けて白目を剥いたきりピクりともせずに地面の上でノビたままのようだ。 「……おい、マジか?」 「まさか成功したってか……?」 「――そのようだ」  三人はキョトンとした顔つきで互いを見合うと、次の瞬間肩を抱き合って歓喜の声を上げた。 「うおー!」  その雄叫びと同時に飛燕と綾乃木の方でも勝負がついたようだ。大通りの至るところにノビてひっくり返った敵の男たちが点在している。それらを固唾を呑んで見守っていた群衆が喜びに湧き、一気に大歓声となって街中に轟いた。

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