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孤高のマフィア10

 それにもかかわらず何故すぐに辞めてしまったのかといえば、周に対する恋慕の気持ちが強くなり過ぎて、側にいるのが辛くなったからである。  当時、周には付き合っている恋人らしき存在はいないようだったが、これだけのいい男である。いずれは彼にも大事な相手ができて結婚という将来がやってくるのは想像に容易かった。当然その相手は女性であろうと思っていたので、これ以上のめり込まない内に彼の側を離れよう、香山はそう決心して故郷に戻ることにしたのだった。ちょうどその頃、実家から見合い話が持ち上がっていたことも理由のひとつだった。行き場のない想いを埋めるには新しい恋と、香山は自分が先に結婚してしまうことで周への想いを断ち切ろうとしたわけである。  ところが数年後経って再会してみれば、彼は同性の伴侶らしきと睦まじそうにしている現実を目の当たりにして、忘れていた恋慕心を掘り起こされる事態に直面したわけである。周が連れていた家族兼秘書だという男が伴侶と決まったわけではないが、二人の様子からしてまったくの他人という間柄には思えない。是が非でも事実を確かめなければいてもたってもいられない、香山はそんな気持ちに突き動かされるように周の社へと向かったのだった。  そうして汐留へ着いたものの、さすがに直接周を訪ねる勇気はない。仕方なく向かいのビルの一階にあるカフェに陣取って社屋を見るともなしに眺めていた。とはいえ、香山が知らないだけでこのビルも周の持ち物である。ペントハウスには冰と共に暮らす邸があるツインタワーの方なのだ。まあ低層階部分は商業施設やレストランなども入っている為、香山からすればここに周の住居があるなどとは想像もつかないことだろう。 「来たはいいけど……どうすりゃいいっていうんだ」  ここで待っていても周が降りてくる可能性は少ないだろうが、もしかしたら取引先へ外出するかこの前のように昼食に出ることがあるかも知れない。だが、もし運良くまた会えたところで何を話せばいいというのだろう。彼の側には例の秘書や李らも一緒だろうし、今こうしてここに自分がいる理由さえ上手く説明がつかない。彼らの姿を見掛けることができたとして、遠くからコソコソと様子を窺うのが関の山だ。それでも何かせずにはいられなかったのだ。 「もう一度雇って欲しいと言うのもアリか……」  だがそうなると今度は博多の両親や妻子を説得しなければならない。仮にそれでいいと言われたとして、上京して再就職となれば妻子はついてくるに違いない。ふと脳裏に離縁という言葉が浮かんでは、あまりの非現実的な妄想に苦笑しか出てこない。 「クソ……! 人生誤ったか……」  香山は困惑の中で自分を見失いそうになっていた。

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