615 / 1175

孤高のマフィア42

「や、えっと……これ、まさか兄さんがカジノで……?」 「ええ。ああいったお店は初めてでしたが、とても楽しかったです」 「は……楽しかったってアンタね……。場慣れした奴らでも一晩でこんだけ稼ぐなんざ奇跡っつーかさ……」  まるで化け物でも見るような目で閉口している男に、冰はまるで場にそぐわない朗らかな笑顔を携えながら、 「きっとビギナーズラックというやつでしょう。俺もこのお札の束を手にした時はビックリしました。ですが、どうせ俺たちはこの後異国のマフィアさんに売り飛ばされてしまうわけですから。持っていても仕方ありませんし……というよりも身の丈に合わない大枚なんて怖いだけですから」  だからどうぞ収めてくださいという冰の笑顔に、男の方が空恐ろしいというような顔付きをしてみせた。 「あんた……いったい何者だ……」  恐る恐るといった調子で机の上に積まれた札束と冰とを交互に見やる。 「何者だなんて、そんな大した者ではありませんよ。それに、元々はあなたのお店からいただいてきたお金ですし、俺は楽しく遊ばせてもらえただけで充分です。お陰でいい思い出ができました」 「そ、そうかい……。そりゃ良かった」 「ところで俺たちが売られる先というのはもう決まったのでしょうか?」 「い、いや……まだだが」 「そうですか。ではひょっとして明日の夜ももう一度くらいは遊ばせてもらえるのかな」  あまりにもあっけらかんと言い放つ様子に、男の方が後退り気味だ。 「あ、ああ……。あんたらが希望すんなら明日も遊んでくれて構わねえが……」  男はそう言いながらも、これはもしかすると売り飛ばすよりも金になるのではと思い始めたようだ。本当にただの奇跡的なビギナーズラックなのか、はたまた物凄い金の卵なのか、それを見極める為にももうしばらく様子を見るのも悪くない。視線を泳がせる彼の顔つきからはそんな感情がうごめいているのが見てとれる。案の定、男は冰と里恵子をすぐに売り飛ばすことはやめて、もう少し様子を見ることにシフトチェンジしたようであった。 「な、なんだったら明日と言わずもう二、三日遊んでってくれても構わねえけどさ……」 「そうですか! いやぁ、嬉しいですね。ではこの中から明日のチップ代だけ拝借してもよろしいですか? なにせものすごく楽しかったものですから、すっかり病みつきになりそうでして」 「は、はは……。そう……そいつぁ良かった。チップは兄さんが好きなだけ換金してくれて構わねえぜ……」 「そうですか。ありがとうございます」  冰はにこやかに微笑むと、楽しみだと言って嬉しそうな顔をしてみせた。  その夜、冰たちをホテルに送り届けた男は、その足ですぐさま年ごろにしている愛莉のマンションへと向かった。彼女の顔を見るなり懐から札束を取り出して興奮気味に声を上ずらせる。 「おい、見ろよ! 俺らが掻っ攫ってきた例のガキだが、ありゃあとんでもねえ金の卵かも知れねえぞ! ちょいとカジノで遊ばせてやったら一晩でこんなに稼ぎやがった!」  男が札を扇型に広げては部屋の中で気がふれたように小躍りしてみせる。愛莉も驚きに絶句状態だ。

ともだちにシェアしよう!