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孤高のマフィア45

 そうして冰はテーブルに着くと、昨夜とは打って変わったふてぶてしい態度で堂々と脚を組んでみせた。さすがに闇というだけあってか、通常通る受付などはなく、席が空いてさえいれば自由に参加が可能なようだが、やはり最初が肝心である。常連ならば、客の間でも『ああ、こいつか』というように暗黙の着席ルールのようなものがあるようだが、冰は顔すら知られていない新参者だ。おまけに年も若い。お門違いだと舐められてはならないし、それには周囲がいったい何者だと思うくらいの圧を伴ったオーラが必要不可欠なのだ。  選んだのはカードゲームの卓――昨夜は香港から来たと思われる見知らぬ男の窮地を手助けしてやったポーカーのテーブルである。一大勝負に出るならここしかないと踏んだ。  他にもお得意のルーレットをはじめダイスゲームなどのテーブルもあったが、そのどれもが磁気などを使ったイカサマが仕掛けられていて、客の立場からは覆すのが難しいと思われるからだ。ディーラーとしてならともかく、ボールなどに直接触れられない今の状況では、目視だけでディーラーの技と意図を読み解けるカードしかないとの判断であった。  まず、テーブルに着いた際のオーラだけで周囲が自ずと席を譲って避けるような雰囲気を醸し出すところから始める。里恵子にはそんな自分の肩に腕を回してもらうように頼み、ともすれば年若い生意気な優男が美女をはべらすというビジュアル的にも目を引く仕草でギャラリーの視線を釘付けにするという作戦でいく。 「こんばんは。お邪魔させていただきますよ」  冰が来た時は席がまだ二つほど空いていて、ゲームの途中であった。それらが一段落するまで黙って勝負の行方を見守るとする。昨夜とはまた別の顔ぶれではあったが、今宵もディーラーが客の中の一人と組んでイカサマが行われているのは間違いないようであった。  ターンが終わると冰は相変わらずにふてぶてしい態度のままでこう言い放った。 「ふぅん、今時のカードゲームって難しいんですねぇ。皆さんのされているのを拝見していましたがさっぱり分からないや。せっかくカジノなんていう映画みたいな世界に来られたというのに、これでは僕などお門違いじゃあないですか。つまらないなぁ……。もっと簡単なのはやってもらえないのかな。できれば……そう、ディーラーさんとサシで勝負させてもらえると有り難いんだけどな」  いきなりの図々しい物言いに、ディーラーはもちろんのこと同じテーブルにいた客やギャラリーたちの鋭い視線が一気に冰へと向けられる。青二才が何を生意気にと敵意剥き出しで睨み付けてくる者もいるし、はたまた面白いとばかりにニヤけて身を乗り出してくる者もいる。  名指しされたディーラーも一瞬勘に障ったようだが、そこは腐ってもディーラーのプライドがあるのだろう。すぐに『おもしろいことをおっしゃいますね』と快諾を口にした。彼の表情から察するに『小生意気なクソガキが! コテンパンに叩きのめしてやる』と言わんばかりなのが窺える。薄く笑んだ口元からは余裕とは裏腹に小馬鹿にされた怒りの感情の方が滲み出ているとも受け取れた。  冰はふと目をやった先に隣にいた客が吸っていたと思われるシガレットケースに気が付いて、にこやか且つスマートな仕草でそれをねだった。 「失礼。一本ごちそうになっても?」  つまり煙草を一本恵んでくれないかと聞いたわけだ。

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