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孤高のマフィア44

 一方、冰の方でもフロアに入るなり昨夜は無かった監視カメラのような代物が各所に取り付けられていることに気が付いていた。設置の仕方からして素人の冰が見てもずさんと思われるような不器用さだ。おそらくは拉致犯の男が仕掛けたのだろうが、昨夜の自分の稼ぎに興味を示して、こっそり動向を見張ろうとしているのだろうことが窺えた。 「これは……ひょっとすると運が向いてきたのかも……」  拉致の依頼者であるどこぞの専務という人物よりもこちらの方が金になると思わせることができれば、拉致犯の男の気持ちを動かす絶好の機会となり得るからだ。  冰は勝負に出るなら今だと踏んだ。  この際大いに注目を浴びて、男をこちらの味方につければ大陸のマフィアに売り飛ばすことを考え直してくれるかも知れない。と同時に、そのマフィアという連中に対しても是非自分のところに売って欲しいと思わせられれば、拉致犯とマフィアの双方を競わせて小競り合いに持ち込める可能性もゼロではない。強欲な者同士で争いに転じればそこが好機だ。騒ぎに乗じてこの場を脱出することができるかも知れない。  正直なところ冰は周や鐘崎のように武術に長けているわけではないから、正面きっての暴力に巻き込まれれば絶対的に不利となる。自分自身はおろか、里恵子を守りながら戦うなど無謀にも等しい。腕力という点では非力な自分にできることは頭脳戦で切り抜けるしか術はないのだということを冰は重々理解していた。 「里恵子ママさん、今夜も絶対に俺の傍を離れないでください」  万が一の時は周家の名を盾にしてでも里恵子だけは守らなければならない。それには自分が一大マフィアのファミリーであるという堂々たるオーラを醸し出さなければ信じてはもらえまい。  今までも幾度となく窮地に陥り、その度に破天荒ともいえる演技で乗り越えてきたものの、側にはそんな自分を見守ってくれる愛しい男の周がいた。彼のみならず彼の父親の隼や兄の風、鐘崎や紫月に源次郎や李といった頼れる仲間たちがガッシリと脇を固めてくれたからこそ安心して演じ切ることができたのだ。だが今度ばかりは状況が違う。今自分たちがいるこの場所を周らが突き止められる可能性がゼロに近いこの状況下で、里恵子を守りながらたった一人で戦わなければならないのだ。 (大丈夫。何が何でもここを乗り越えて、ママさんを無事に森崎さんの元にお返しするんだ。その為なら使える手も駒もありとあらゆるものを屈指してやるさ。虎の威を駆る狐と思われようが構わない。俺の中にはいつでも白龍がいる……。例え今は――お互いの姿が見えなくても……魂はいつも繋がってる……! だから怖いものなんてない――! 俺は周焔白龍の唯一無二の伴侶だ……!)  冰はこれまで以上に心して演じ切る覚悟を決めるのだった。周りには敵しかいない、四面楚歌の中でたった一人乾坤一擲の大海原へ漕ぎ出さんとするその様は、まさに孤高と称するにふさわしい切なくも尊き姿であった。

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