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孤高のマフィア57
確かに香港育ちというなら一大マフィアの名前くらいは知っていても不思議はないが、そうだとしても自分がその息子であると言い出すなど仰天だ。いくら畏れを知らない若僧だとはいえ、まさかこんな大それた嘘をつくだろうか。それ以前に、少し冷静になって考えてみれば自分の属する周ファミリーに冰という名の息子がいるなどとは聞いたことがないということに気付く。
(ボスには確かに御子息がいらっしゃるが……それも二人だったはずだ。一人はボスの後継と言われている長男坊だ。もう一人、弟の方はこの日本の――東京にいると聞いている。名前は……確か兄が周風 で弟の方は周焔 だったはず)
周冰 などという名は聞いたことがない。
[アンタ、まさか出任せを言ってるんじゃあるめえな……?]
百歩譲って仮にボスに隠し子がいたとして、それが目の前にいる年若い男だという確証はない。だがもしも本当に隠し子だったとしたら、それはそれで一大事である。どう出ればよいか――男はすっかり混乱してしまったようであった。
[……そうだ! 証拠だ。何か証拠を見せてくれればアンタを信用してもいい]
[証拠……ですか?]
[そう、証拠!]
男は意気込んでそう言うと、しばし腕組みをして考え込んだ。
(ウチのファミリーには決まったルールの字 があるはずだ! 色 に龍がつくっていう字 だ。それにイングリッシュネームだ。ボスの字 は確か……黄龍 。イングリッシュネームはその名の通りファルコンだ。長男は黒龍 で次男は白龍 、さすがに兄弟のイングリッシュネームまでは忘れたが、親子の背中にはファミリーの象徴である彫り物の龍が入っているはず……。こいつが本当にボスの息子だってんなら、証拠となる色にちなんだ字 があるに違いない。もしかしたら彫り物も……)
背中に龍の刺青があり、色と龍が合わさった字 があれば、ひとまずのところ息子と認めてもいいだろうか。よしんば間違ったとしても、香港にいるボスに対しての言い訳になるだろう。男は冰をじっと見つめながらこう聞いた。
[アンタの字 とイングリッシュネームを教えてもらおうか。できればその服を脱いで背中を見せてもらえると有り難いんだがね]
[字 とイングリッシュネームは……まあ分かりますけど、背中……ですか?]
冰はとぼけてみせたが、すぐに男の言わんとしていることが読めてしまった。おそらくは周隼の息子は二人だけだということと、彼らの背中に龍の刺青があることを知っているのだろう。本当に周隼の息子だというのならば、ファミリーを象徴する決定的な証があるはずだと言いたいのだ。
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