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孤高のマフィア58
だが、冰に刺青はない。それどころか字 さえ決まってはいない。周の籍に入る際、字 に雪吹の文字を入れてもいいぞと言われたものの、特に必要ないだろうと思い、そのままになってしまっていたからだ。
さて、どうしたものか。
字 のルールは分かっている。色に龍を付ければいいわけだから、ここはひとつ適当な名を伝えてしまえばいいか。だが、イングリッシュネームは、それこそ考えたこともなければ決めてもいない。刺青も無い上に、あまり適当なことを言っても疑われるばかりだろう。
ここまではどうにか上手く切り抜けてきたものの、さすがの冰も手駒を使い果たして窮地である。
(うーん、やっぱり周家の名前を出したのは不味かったかなぁ。お父様の――虎の威を借りればなんとかなると思ったのは甘かったか……)
こうなったら本当のことを言うしかなかろう。下手に嘘を繕っても後々辻褄が合わなくなるだけだし、いっそ腹を括るしかない。どうやらこの男は本当に周ファミリーに属しているのは間違いないようだし、香港に連れて行かれた後でもそれこそなんとかなるはずだ。冰は降参とばかりに深い溜め息をついてみせた。
[ふう……分かりました。まず僕の背中をご覧になりたいとのことですが、あなたが思っているようなものは何もありませんよ。それから字 とイングリッシュネームですが、それも……]
言い掛けた側から男が眉を吊り上げた。
[何もないだと!? そんなわけあるめえ! まがりなりにもボスの息子だってんなら背中にゃその証があるはずだ! とにかく字 を教えてもらおうか! もしもガセだったら……こっちにも考えがあるぜ!]
偽小僧がボスの息子だなどと大ボラを吹いたとあれば、それこそただじゃ置かないと男がいきりたったその時だった。
[冰灰龍 ]
落ち着いたローボイスだが、有無を言わさぬといった圧のある声音が後方から響いて、一同はハタとそちらを振り返った。
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