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孤高のマフィア59

 視線の先に飛び込んできたのは鋭い瞳の中に仄暗い焔がユラユラと揺れているような目つきをした長身の男――。一目で敵にしてはいけないと本能が告げる圧を纏った男の姿に、誰もがブルりと身震いを誘われる。話している言語も広東語という点から考えて、同じ裏社会に生きる、聞かずともおいそれと触れてはいけない立場の人間だというオーラがビリビリと伝わってくる。冰もまた彼を目にした瞬間にみるみると瞳を見開いた。 [そいつの(あざな)灰龍(フイロン)。イングリッシュネームはダブルブリザードだ] [ダ……ブルブリザード……?]  冰に食って掛かっていた香港の男がビクりと後退りながら声を震わせる。 [それから……こいつの背中を見たがったことは後悔してもらわねばならんな。そのひと言だけでもこの場でてめえの首を叩き落としてやってもいいくれえだ] [い、いや……あの……えっと……]  男は言われていることが分からないながらも顔面蒼白で唇を震わせている。 [何処の誰とも分からんチンピラ風情に俺が易々と嫁の肌を晒させると思うか?] [よ、嫁……!?]  男はガタガタと小刻みに身体を震わせながらも、冰と長身の男とを交互に見遣っては視線を泳がせる。  そんな様子に冷ややかな一瞥をくれながらも長身の男がゆっくりとした所作でダークスーツの前を開いたと同時に、彼の隣にいたやはり長身の圧を伴ったもう一人の男がガバりとその上着をずり下ろして背中を露わにしてみせた。  見事に張った筋肉の腕、肩、そして広い背中には躍るようにうねる龍の彫り物――鱗の所々に象徴的に彩色されているのは白だ。それを目にした途端に香港の男のみならず、側にいた台湾とマカオの男たちも絶句、みるみると顔色を失っては呆然とその場に立ち尽くしてしまった。  冰もまた例に漏れず然りである。紛れもなく、それは愛しい亭主だったからだ。彼の隣でスーツの襟をずり下ろしてみせたのは研いだ刃の如く鋭い視線を瞬かせた鐘崎――。 [バ、バ、バ……白龍(バイロン)の刺青……! じゃ、じゃあ……あ、あなたは……まさかそんな……]  男がうろたえる中、冰も茫然自失といったように硬直状態に陥ってしまった。  後ろを振り返れば森崎が里恵子の肩を抱き包むようにして睨みを据えている姿が目に入る。それと共にいつの間に湧いて出たのかというほどに驚かされる面々、周と鐘崎の他にも紫月や李、源次郎といったお馴染みの面々が頼もしげに不敵な笑みを携えているのが確認できて、冰はみるみると肩の力が抜けていくような心持ちに、椅子に腰掛けたままでパチクリと瞳を見開いてしまった。  その直後だ。 「うぉーい、そこまでだ! 全員その場から動くなよー! 一歩でも動けば容赦なくブッ放すぞ!」  フロアの隅々にまで轟き渡る声がしたと同時に、各所で警棒と拳銃を構えた男たちが交互に入り乱れてはフロア全体を見渡している。指揮を取っているのは地元県警を従えた警視庁捜査一課の丹羽修司であった。

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