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謀反50

 もしかしたら……自分の嫁というのは既に毎日接している中の誰かなのではないか、ついそんな考えが浮かんでしまう。幼馴染だという鐘崎も、自分の欲求に素直になることこそが近道だと言っていた。 (素直に……か。だとすれば、もしかしたら……)  秘書の冰が嫁なのではないか?  確かに一日の中でも一番長く過ごす相手といえば冰しかいない。朝起きれば共に食事をし、出勤するのも一緒だ。仕事を終えて帰れば彼とまた夕卓を囲む。その間、常に甲斐甲斐しく気遣ってくれるのはずっと変わらない。例の鉱山で一緒にいた香山という男のように焦れたり押し付けがましいことを言ったりすることも全くない。それどころか、いつでも体調や気持ちを気遣ってくれて、心穏やかに過ごせるようにしてくれる。ただの秘書がそこまでするだろうかというくらいに思えるのだ。  むろんのこと李や劉も同じように接してはくれるが、いい仲間や友といった感覚を通り越して強く惹かれるのはやはり冰だ。さすがに抱きたいとか口付けたいとかといった感情とまでは言わないが、冰さえよければそういった深い絆を結びたい気持ちがないとは言い切れない。単に信頼し合っているだけの社長と秘書という上下関係とは違う気持ちを抱いているのは明らかだ。もしも嫁という存在がいなかったとすれば、遅かれ早かれ自分は冰にこの想いを打ち明けるのではないか、周にはそんなふうに思えてならなかった。 「じゃあおやすみなさい周さん。ゆっくり休んでくださいね」  何かあったら遠慮なく起こしてください、いつもと変わらぬ笑顔でいつもと同じ台詞を言うと、冰は自室へ向かう。周もまたダイニングを挟んで冰とは反対側の自室へと戻った。  そうしてベッドへと潜り込んだものの、なかなか寝付けないまま、周は一人思いを巡らせていた。  いっそのこと彼に素直な気持ちを打ち明けて、惹かれていることを云ってしまおうか。もしもあの冰が嫁でないとしたら、彼の性格上それを受け入れることはないだろうと思う。あなたには結婚している相手がいるのですよと諌めてくれるだろう。逆にその結婚相手が彼本人ならば想いを受け入れて本当のことを教えてくれるかも知れない。そんなことを考えていた時だ。ふと脳裏を過った閃きに周はカッと瞳を見開いた。 (そうだ……戸籍だ!)    戸籍を調べれば全てが明らかになるではないか。本当に結婚しているというなら、戸籍にはそれが記されているはずだ。  真実を知るのは怖い気もするが、このままでは前に進めるものも進めない。   (だが仮に……俺の嫁というのがあの冰君ではなく、これまでは会ったこともない別の誰かだとしたら……)  それはそれでまた新たな悩みが増えることになろう。   (なぜ周囲の人間は俺に本当のことを教えない……?)  例の香山という男が嘘を吹き込んだからというのと、周囲の人間が『この人が伴侶ですよ』と言ったところでそれを信じられなければ意味がないというのは分からないでもない。

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