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カウント・ダウンを南国バカンスで10
「あの頃からカネは引き手数多だったからな。俺たちは男子校だったが、近くの高校の女たちがひっきりなしに寄って来てたもんだ。一之宮は表向きは何とも思ってねえってな態度ではいたが、心の中じゃ悩みはあったと思うぜ。いつも笑顔でな、『おモテになって結構なことだ』なんて言ってはいたが、俺にはその笑顔が寂しそうに思えてならなかった」
冰は驚いた。あの紫月にもそんな時期があったのかと、大きな瞳を更に大きく見開いて話の続きを待っているといった表情でいる。
「まあカネも一之宮しか眼中になかったからな。寄って来る女にゃ見向きもしなかったし、一之宮の気を引く為にわざと女とベタベタするなんて器用なことができるヤツじゃねえから、その点は安心だったがな。それでも女に言い寄られたりする度にあの二人の間が何となくギクシャクしちまってな」
そういう時には自分が潤滑油の役目をしてやらなければと思ったのだそうだ。
「俺の家へ呼んで、真田がメシを作り過ぎたから一緒に食ってくれと言ったりしたこともあったな。一之宮はケーキが好物だろ? だから真田に焼いてもらっておいて食後に出すと喜ぶわけだ。その時点でもう一之宮の方はすっかり普段のヤツに戻ってるわけだが、そんな一之宮の笑顔を気付かれねえようにチラチラ見てるカネがまた嬉しそうなツラをしてな。世話の焼けるヤツらだと苦笑させられたもんだ」
周は懐かしそうに瞳を細めて笑う。そんなことがしょっちゅうだったそうだ。
「そ、そうなんだ……。紫月さんたちにもそんな頃があったなんて」
「当時はまだはっきりと口に出して互いをどう想ってるかってのを言い合ってなかったからな。遠慮もあっただろうし、相手の交流を邪魔しちゃいけねえなんて思ってたんだろうがな」
「でも、でもさ。鐘崎さんがモテるのは分かるけど、紫月さんだってすごくカッコいいじゃない? 逆に紫月さんが言い寄られるっていうこともあったんじゃないの?」
確かに紫月も顔立ちは美形だし、背も鐘崎には及ばないものの遜色ないくらいの高身長だ。同じようにモテただろうと思うのだ。
「一之宮の場合は女にモテるってよりも野郎に人気があったな」
「え? そうなの?」
「まあ野郎同士で恋仲になりてえとか、そこまでじゃねえにしろ単に遊び仲間としてツルんで歩きてえってヤツはたくさんいたぞ。見ての通り一之宮はざっくばらんで人見知りもしねえから、一緒にいて楽しいんだろうな。放課後にどっか寄ってこうとか、昼メシを一緒に食おうとか、それこそ年中クラスのヤツらが群がってはいたっけな」
「へえ。そういう時って鐘崎さんはどうしてるの? ヤキモチ焼いたりしないの?」
冰にとっては俄然気になるところだ。紫月はどちらかといえば自分と同じ嫁という立ち位置だから、何かと相通じる部分もあるのだが、亭主の立場である鐘崎がどんなふうな目線でいるのかというのはやはり興味深い。
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