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紅椿白椿14

 ここ鐘崎組の邸は広大ゆえに応接室と呼ばれる部屋も来訪者との関係によって通される部屋の種類がいくつか用意されているのだが、正面玄関から奥へ行くほど親しい者だけが案内される組中枢へ向かうようにできているのだ。第一応接室というのは、正面玄関に最も近い部屋である。つまり、今回の客人はごく一般的な相手ということになる。  邸の間取りをざっと説明すると、まずは敷地の周囲をぐるりと囲む背の高い塀の東側に出入り口となる表門があって、すぐ脇に警備専用の建物があり、二十四時間体制で門番が常駐している。来訪者の用件を聞き、敷地内へと通された場合に初めて正面玄関へ辿り着くことができるのである。  西側には裏門があるが、そちらは主に組員たちが出勤などに使う通用門とされている。ここにも門番がいるが、表門と比べれば造りは簡素といえる。と言っても普通の勝手口からすれば豪勢といえるだろう。  全て純和風の造りで玄関は表裏とも相当に広い。門番の検閲を経た客人は表玄関へと案内され、そこから上がってすぐの部屋が第一応接室ということになる。初見の依頼人などはすべてここで対応することになっているのだ。  その第一応接室を通り過ぎて更に廊下を進むと、若い衆らが常駐している組事務所が構えられている。その奥には第二の応接室があるが、ここまで通されるのはよほど信頼の置ける間柄の者たちだ。主には長の僚一が仕事を組んでいる相手との打ち合わせに使われているといった具合であった。  更に奥へ進むと見えてくるのが中庭だ。今まさに小川たちが手入れしている場所である。季節毎の花々をつける樹木に囲まれた広大な庭には池もあり、石橋が掛かっていて情緒もたっぷりだ。普段は数匹のシェパード犬が放し飼いにされているが、庭師などが入る時には犬舎へと移動させられている。  その中庭を抜けると第三の応接室があり、鐘崎の友である周焔らが訪れた際にはここで茶などが振る舞われる。その隣には清水や橘といった組の幹部連中が庶務を行う部屋。そのまた奥が組中枢のメイン事務所となっている。鐘崎や紫月が普段いるのはここである。ここから渡り廊下を隔てて僚一や源次郎などが住んでいる別棟の住居があるといった造りになっているのだ。  敷地内には組員全員が集まって食事をとる為の大部屋などの他、襲名などの儀式として使われる厳かな大広間や武術の稽古をつけられる道場も備えられている。  また、警護などの依頼の際、その対象者に危険が及ぶような場合は一時的に寝泊まりしてもらう為の客室も完備されていて、普段はおおよそ滅多には使われていない。周ファミリーなどが宿泊する際にもこの客室が使われるのだが、ちなみに小川が中庭へ無断侵入した際に鐘崎と紫月が藤の花見をしていたのもこの客室である。  ここまでが大方表向きの部分と言えるが、広大な建物の地下には銃や真剣などが保管されている武器庫の他に、射撃の試し撃ちができる訓練場までが設えられている。外観だけ見れば落ち着いた純和風のお邸といえるが、実際は堅固な要塞なのである。  むろん施設内のすべてを把握しているのは組員たちのみで、小川ら職人であっても地下に武器庫があるなどという邸の全容は知り得ないといったところであった。  つまり、小川らにとっては邸内で鐘崎らの姿を見掛けることはごく稀というわけだ。

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