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紅椿白椿43

「これ、鞠愛。よしなさい……」  いくら何でも失礼だぞと父親が嗜めるも、当の鞠愛は聞く耳を持つつもりはないらしい。たとえ今は愛されていなくても、結婚して子供さえできてしまえば、いずれ鐘崎の気持ちが自分に向くとでも思っているのだろうか。様々言葉で追いつめて、形だけでも夫婦になってしまいたいというのが見え見えだ。  彼女の中での定義はおそらくこうなのだろう。鐘崎と紫月が想い合っているのは認めざるを得ない事実だが、戸籍の上での繋がりは義理の兄弟といったところだろう。自分は現在のところ鐘崎に想ってもらえてはいないが、形式的に夫婦となることは不可能ではない。命の恩人であるのは動かし難い事実なのだし、多少強引であれ、どうにかしてこの鐘崎に『うん』と言わせることさえできれば、後のことは年月が解決してくれる。子は鎹という言葉のごとく、生まれた赤子をその手に抱けば可愛くて仕方なくなり、離れ難くもなろうというものだ。とにかくは形にさえしてしまえば気持ちなど後からきっと付いてくる――そう思っているのかも知れない。  そんな彼女に対してさすがにどう返したらいいのか、どう説明すれば解ってもらえるのか、鐘崎も紫月も言葉に詰まってしまう。  と、その時だった。コンコンと応接室の扉が叩かれて、話題に上がっていた僚一が姿を現したのだ。 「失礼。邪魔させてもらうぞ」 「親父……」  鐘崎は驚きながらも、やはり自分一人で対処できないことが不甲斐ないとでもいうように視線を泳がせた。辰冨親娘にとっても突然の組長の登場に驚いた様子だ。  僚一はゆっくりとした所作で皆の前へとやって来ると、息子たちの脇に立ち、そっと二人の肩に手を置いた。 「失礼ながら話は聞かせていただいた。遼二、立って服の襟を開けなさい。お二人にお前の肩をお見せするんだ」 「……肩……?」 「そうだ」  肩には言わずと知れた彫り物が入っている。何故今それを辰冨親娘に披露しなければならないのか、僚一の意図するところが分からないながらも、鐘崎は言われるままにシャツの襟元を開いてみせた。 「まあ……! 刺青……!?」 「おお、これはまた……何と……」  親娘はよほど驚いたのだろう、大きく口を開けたまま固まってしまっている。 「この彫り物はこいつが組を継ぐことを決めてくれた時に入れたものです。絵柄も本人が決めました」 「はあ……左様でしたか。椿……ですかな?」  おずおずとしながらも辰冨が目をまん丸くしながら凝視している。鞠愛はその横でわずかばかり首を傾げている。 「刺青は……びっくりしたけど極道の若頭なら当然かしら? よく……似合ってると思うけど、でも遼二さんなら龍とか……虎とか……もっと男らしいのが良さそうなのに」  素直な感想なのだろうが、ポロりと口にしてしまうところは少々気遣いに欠けるところか。  穏やかに僚一は続けた。 「この紅椿の花は、遼二にとってこの世で最も愛する者が生まれた日に、その子の家の庭で満開を迎えていた花なのです。この組を継ぐ意思を決めた当時はまだその相手に自分の気持ちを打ち明けておりませんでね。何故なら好いた相手というのが遼二と同じ男だったからです」  ちらりと紫月を見やる。つまり、その相手というのは紫月なのだと言っているのだ。

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