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紅椿白椿44
「私の思うに、当時から二人は互いに想い合っていたはずです。しかしながら男性同士ということが壁になっていたんでしょう。互いに相手の将来を思い遣るばかりに、どちらからも気持ちを告げ合えずにいた。世間体やその他様々なことを気に掛け、例えばその内のひとつは親に迷惑を掛けては申し訳ないなどの思いもあったのでしょう。もしくは互いに片想いであった場合に、打ち明けて関係性が壊れてしまうのが怖かったという思いもあったかも知れない。だが、二人の想いは――とかくこの遼二の想いは一途でした。たとえ今生で結ばれることが叶わなくとも互いを想う気持ちは何があっても揺るがない。そういったことから好きな相手の生まれた日にそれを慶ぶかのように咲き誇っていたこの紅椿の花を自分の肩に刻もうと決めたのだと思います」
親娘は相槌も打てないほどに押し黙ってしまった。
僚一が続ける。
「ご存知でしょうか。椿の花というのは花びらが一枚一枚散っていくのではなく、咲いたまま首を落とすといいます。もしもこの想いが叶わなければ、遼二は死んだも同然の生ける屍となるのだと、それほど唯一人の男を愛してやまなかったのでしょう。せめてその肩に――これから極道の組を背負っていくこの肩には、唯一無二の相手が生まれた日に満開だった紅椿の花を刻みたい。この肩の上で生涯散ることのない大輪の花と共に生きていきたい。紅椿は好いた相手そのものだと、彼に対する想いもまた――永遠に枯れることはないのだと、そんな覚悟の下でこいつはこの肩に紅椿を彫ったのです」
僚一は息子の襟を元に戻しながら、隣にいた紫月の肩を抱き寄せた。
「それがこの鐘崎紫月です。遼二にとって唯一無二の伴侶であり、我が鐘崎組にとって代わりは有り得ない姐であり、そして私にとって自慢の息子です」
終始穏やかな口調ながらも、重々しく刻まれる一字一句に、辰冨親娘は言葉すらままならない様子で硬直してしまった。
「そ……うでしたか……」
やっとの思いで辰冨がそれだけを返した。
「辰冨様には遼二の命を救っていただき、心から感謝いたしております。先程お嬢様がおっしゃった後継ぎについても――組を継いでくれようとする者が必ずしも血縁である必要はないと心得ています。今はたまたまこの遼二が若頭となり組を継ぐ形になってはおりますが、正直に言ってしまえばこの先こいつにその資格がないと私が判断すれば、後継は別の――もっと相応しい者が継ぐべきと考えます」
まあそうならないようにこいつも精一杯努力をしていくでしょうが――と付け加えながら、一等肝心なことを告げた。
「今はこいつも若頭として恥じない相応な仕事ぶりを見せてくれています。そんなこいつの側で、姐として紫月も十分に支えとなってくれています。私をはじめ、組員たちもこの二人を軸としてやっていくことを望んでくれています。どうかこの二人の仲につきましてはご理解いただきたく思います」
深々と僚一が頭を下げると、息子夫婦もすぐさま倣うように立ち上がっては、揃って腰を九十度に折った。そのまま三人はしばらく顔を上げることはなく、いつまでもいつまでもそうしていたのだった。
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