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紅椿白椿46

 数日後、辰冨親娘が日本での休暇を切り上げて赴任地へと帰ったらしいことを知り、鐘崎組にも平穏な日常が戻ってきた。  藤も躑躅も盛りを過ぎた中庭では紫陽花が小さな蕾を見せ始めている。流れゆくゆるやかな時を惜しむかのように、鐘崎と紫月もまた、ようやくと訪れた安堵の中で睦の時を重ね合っていた。 「すまねえ……またしんどい思いをさせちまった」  例によって少々激しい抱き方をしてしまった後で鐘崎が紫月へと謝罪を口にする。 「はは! いつものことだべ」  よっこらしょ、と気怠い身体を起こしながら紫月は笑った。  ふと隣に寝転んだ亭主の肩は逞しい筋肉が見事に張っていて、見慣れたはずの紅椿の刺青も色香を讃えている。それを指でなぞりながら、紫月はポツリとつぶやいた。 「な、遼――あのさ」 「ん? どうした」 「お前にひとつねだってもい?」  紫月が自分からそんなことを言い出すのは珍しいことだ。普段は何かプレゼントしたいと言っても、おおよそ欲しい物など口にしてはくれないからだ。  鐘崎にとっては何かねだってくれるなどと聞けば、それは願ってもないことだった。 「もちろんだ。俺に叶えてやれるものならどんな物でも喜んで贈りたい」 「マジ? じゃあさ、俺欲しいものがあるんだ」 「何だ。何でも言ってくれ」  逸るような目つきで目の前の紫月を見つめる。 「んとね、椿が欲しい。白いやつがいいな」 「白椿……?」  想像もしていなかったものに鐘崎は驚いて半身を起こしてしまった。 「椿の木とな……」  もっと高い豪華なものの方が贈り甲斐があるといったように目を丸めてしまう。だがまあ自分たちにとっては特別といえる椿が欲しいと言ってくれる気持ちが嬉しくないわけがない。 「そういやウチの庭に植ってるのは紅椿だけだったな。紅白揃えば縁起がいいしな。いいぞ、じゃあすぐにでも泰造親方に頼もう」  鐘崎もまたよっこらしょというように姿勢を正しては紫月に向き合って手を取った。ところが紫月の言う椿とは鐘崎の思ったものではなかったようだ。 「あー、その植木の方の椿じゃねんだ」  どういう意味だと首を傾げさせられてしまう。 「俺の欲しいンはこれ。こっちの椿だ」  肩に咲いた紅椿をなぞりながら、紫月は真剣な目つきで鐘崎を見つめた。 「俺さ、お前がこの肩に紅椿を彫った理由は……もちろんお前からも聞いてたし、この前親父も同じこと言ってくれてたからお前の気持ちはよく解ってるつもりだ。だから俺も……お前の伴侶として、それからこの組の姐としてお前と同じ椿を背負って生きていきたい」  紫月は鐘崎と向き合うと、肩の紅椿を指でなぞりながら続けた。 「お前ンがこっちの肩だべ? だから俺ンはこっち」  鐘崎の彫り物は利き手とは反対側の右肩に入っている。 「俺は右利きだからさ、こっちの――左の肩に入れればお前と向き合った時に紅白の椿が重なり合うべ? だから……」  そこまで聞いて鐘崎は堪らずに目の前の身体を抱き締めてしまった。

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