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春遠からじ36

 苦しくもといった表情で最後のパスワードを打ち込むと、 「さあ、これでシステムはキミの物だ――」  そう言って画面を馬民(マ ミィン)へと向けた。  ロードのバーがどんどん数値を上げていき、一味は釘付けになる。身を乗り出して画面に食いついたところでバーが一〇〇パーセントに達し――その瞬間、真っ白な閃光が弾けて馬民(マ ミィン)らは絶叫と共に目を覆い、一瞬よろめいた。  そこへ間髪入れずに鐘崎と周が襲い掛かり、周辺にいた敵数人の意識を刈り取る。その他の者たちは踏み込んで来た源次郎らによって瞬く間に制圧されたのだった。 「クソッ……! どういうことだッ!」  馬民(マ ミィン)は後ろ手に縛り上げられながらも半狂乱になって絶叫を繰り返していた。 「見ての通りだ。貴様はしくじったのさ」  鐘崎から冷ややかに見下ろしながらそう言われて、初めて本当に失敗したことを悟ったようだ。 「……じゃ、じゃあ……お前の方が替え玉だったってのか? だったら……さっき逃げたエージェントの男ってのが……」 「そう、本物のCEOだ。ついでに言っておくが、見張りの連中も既に我々の手中だ」 「…………クソッ……なんてこった……」  馬民(マ ミィン)はガックリと首を垂れたまま、糸の切れた人形のようにその場に突っ伏してしまった。彼に加担していた一味は捕えられて尚諦めがつかないわけか、『覚えていやがれ! 絶対に復讐してやる』と所々で暴言を繰り返していたが、ちょうどその時ゆっくりと地下室への階段を降りて来た男を目にするなり誰もが揃って蒼白となった。  何とそれは彼らが与する裏の世界で頂点にいる台湾マフィアの若き頭領だったからだ。  彼らからすればこのような間近で頭領の顔を拝めるなど生涯に一度有るか無いかだ。企みがバレてしまったことは不運に違いないが、そんな最悪の状況下であってもトップの姿を拝めただけで感激に身を震わせている者もいる。  その彼と共に姿を現したのは周の兄の周風(ジォウ ファン)であった。(ファン)は台湾を治めるマフィアトップに渡りをつけて、事の次第を報告――香港へと駆け付けてもらうよう手配してくれていたのだ。 「周風(ジォウ ファン)、此度は我が組織の者たちがあなた方の土地で大変なご迷惑をお掛けした。この通りだ」  台湾トップの彼もまた、半年程前に先代から後継を引き継いだばかりの若き獅子だ。名を楊礼偉(ヤン リィウェイ)といい、(ファン)とは同年代だ。二人は同じマフィアの後継として懇意にしてきた仲なので、事情を聞いて飛んで来てくれたというわけだった。 「いや――こちらこそ貴方直々にご足労いただいて恐縮だ。ご理解に感謝する」  (ファン)がそう言うと、彼はすまないというように軽く会釈を返してよこした。 「この者たちの処遇だが――本当に私の方で預からせてもらってよろしいのか?」  周一族の本拠地であるこの香港で騒ぎを起こしたわけだから、本来は(ファン)らが始末をつけても文句は言えないのだが、国は違えど同じファミリートップという立場であるし、処遇は任せると風はそう言ったのだ。 「構いません。とにかくも貴方のお国の方々が開発された世界的にも貴重なシステムが悪事に使われずに済んで良かった。処遇をお任せすると共に、この香港で開かれるシステムの発表日まであと二日――開発者殿の安全は我がファミリーで保証させていただこう」  (ファン)(ワン)一家の安全を約束すると言った。 「何から何まですまない。厚情に感謝するぞ、周風(ジォウ ファン)。この礼は後程改めて――」  台湾トップの彼は軽く会釈をすると共に、馬民(マ ミィン)に加担した自国の連中を縛り上げて、ひとまずこの場を後にして行った。

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