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倒産の罠26
「粟津って……あの粟津財閥ですか? いや、ちょっと待ってください。曹田さん、いくらアンタの腕がいいといっても、いきなりそんな大物をターゲットにしようとは……少し安易過ぎやしませんかね」
中橋はたじろいでいる様子だ。曹は一気に畳み掛ける手に出た。
「ええ、確かにおっしゃる通り今度の相手は超がつくほどの最大手です。我々もこれまで以上に本気で掛からねばなりません。そこで中橋さん、よろしければあなたのボスにお会いして、直にご相談しながら進めたいと思うのですが――」
そう打診すれども、中橋からは即答出来かねるとの返事が返ってきた。となれば、やはり丹羽ら警察の調査を待つしかないか――。曹はとにかく一考賜りたい旨を伝えて様子を見ることにした。
通話を切ってふうと軽い溜め息をつく。
「どうも我々との接触に前向きとは思えんな。粟津財閥のような最大手と聞けば、一も二もなく飛び付いてくると思っていたんだが――」
「そうですね――。ここアイス・カンパニーの業績も著しく伸びていることですし、ある程度満足したのでしょうか……」
「順調に行き過ぎているんで、逆に不安になっているのかも知れないが――」
とにかくは中橋らの出方を待つしかない。鐘崎と曹にとっては、このままズルズルとしていて周に不便を強いるのは本意ではないが、現段階では動きようがないのも確かだ。忍耐の時が続いた。
丹羽から新たな報告が上がってきたのはそれから数日後のことであった。中橋らのボスに当たるだろう人物をある程度絞り込めたとの朗報である。
それによると、丹羽らが洗い出したその誰もが企業経営者の子供たちで、親の会社が乗っ取り等に遭っている者たちだそうだ。中でも一番目を引いたのが大手の税理士として活躍していた丸中事務所というところの息子だという。
「名は丸中拓実、四十二歳だ。彼の家は曾祖父の代から税理士事務所を経営していて、その業界では名だたる最大手といえたんだが、二十年前に担当していた企業の債務を被って事務所を畳む羽目に追い込まれている。息子の拓実は当時二十歳の大学生だったが、某有名大学にストレートで入学し、学内でも首席だったようだ。非常に頭の切れる男で、経済学はもちろんのこと法学にも精通していて、将来は税理士として事務所を継ぐ予定だったそうだが検事や弁護士でも食っていけるだろうにと言われていたそうだ。その辺りは学友たちから証言が取れている」
ところが突然の事務所閉鎖で状況は一変、多額の借金を抱えて生活苦に陥り、両親の夫婦仲も破綻して離縁。息子の丸中拓実は父親に引き取られたそうだが、学費が払えずに大学は中退せざるを得なくなり、程なくしてその父親も病で他界したそうだ。拓実にとっては将来の夢もろとも全てを失ったわけだ。
「事務所を畳む原因となった企業の負債だが、丸中に落ち度はなく、実際には嵌められたらしいことが分かった」
他にも似たような境遇の者が見つかったが、その丸中の交友関係を洗ったところ、めぼしき者三名ほどが浮上したそうだ。
「例の中橋という男らを入れると計八名といったところだが、丸中と共に浮上した者らは皆相当に高学歴で頭の切れる連中ばかりだ。国立はもちろん私立でもトップクラスの大学で経営経済部や法学部を卒業している。IT関連にも強く、おそらくはハッキングなどの知識にも長けていると思われる。これまでの中小企業乗っ取りに当たっても下調べをした実行犯と思われ、我々警視庁はこの四人が絡んでいると見ている」
おそらくその八名が軸となり、他にも実行部隊を入れれば相当な数になろうと丹羽は言った。
「末端まですべてを検挙するには時間を要するだろうが、頭を押さえることが出来れば後は我々の仕事だ。所轄とも連携して何としてでも刈り尽くす所存だが、問題は丸中ら中枢の動機だ。ヤツらは自分たちが被ったのと同じ方法で手当たり次第に企業を倒産へと追い込んでいるのが気になってな」
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