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身勝手な愛17

「ふん! 焔老板(イェン ラァオバン)――ですって? まさかあなた方からそんな言葉を聞ける日がくるとは思っていませんでしたよ。散々っぱらあの人を邪魔にしてきた老害のくせして――!」  今更『老板(ラァオバン)』だなどと敬う言葉が出る自体、ちゃんちゃらおかしい――と、男は吐き捨てるように言う。 「とにかく! 助かりたければ素直にサインなさい。そうすれば最悪あなた自身の命も助けてあげますよ。このご老人方もすぐに家に帰れるんだ」  さあ、どうしますか? と冰を見下ろす。 「分かりました。サインしましょう」  しばし考えるでもなく、間髪入れずに冰は承諾を口にした。 「……冰さん!」 「いけませぬぞ……!」 「そうです! こんな男の言いなりになる必要などない!」  重鎮方は口々にそう叫んだが、冰の気持ちは変わらないようだ。 「構いません。周家から籍を抜けということですよね? それでここにいる皆さんを解放していただけるのでしたら喜んでサインします。ただし――僕がサインをしたら必ず解放すると約束してくださいね」  冰は言うと、男の手から紙とペンを受け取って迷わずに署名を書き入れた。 「ふぅん? もう少し骨のあるヤツだと思ったら――案外ちょろいものですね。まあ素直でいてくれて私は手間が省けましたが」 「サインはしました。さあ、皆さんを解放してください!」  ところが郭芳はまだ手続きが残っていると言って、解放を拒んだ。 「せっかちな男だ。まだ全てが済んだわけではありませんよ。これからこの書面を周一族に送りつけます。その後でリモート通話に応じてもらえたら、あなたの口からこの書面に書いてあることは紛れもなくあなたの希望であって、誰かに強要されたものではない本心であると言うのです。周一族がそれを受け入れれば今度こそ全員を解放すると約束しますよ」  郭芳は準備の為、一旦この場を後にすると言って倉庫を出て行った。 「……なんてこった! 郭芳め、調子に乗りおって……」 「すまない、冰さん……。我々のせいで」  だが、さすがに皆も冰があれほど簡単に要望に応じるとは思ってもみなかったようだ。いくら人質解放がかかっているとはいえ、殆ど会ったこともない自分たちの為にこうも簡単に周姓を捨てるなどとは驚き以外の何ものでもないからだ。誰もが戸惑いを隠せずにいた。

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