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身勝手な愛24

「当時はまだ掘削技術なども今ほど発達しておらんかったからの。現場では事故も多く、怪我人もしょっちゅう出ていたそうじゃ。そんな中、若い隼坊っちゃんは現地の工員たちと一緒になって掘削を手伝ったりしておった」  ところがある日、現場で落盤事故が起こり、工員を庇った隼が巻き込まれたのだそうだ。 「坊っちゃんの機転で工員たちの怪我は軽くて済んだのじゃが、落石と一緒に掘削中の斜面から滑り落ちたことで身体中に無数の傷を負っての。坊っちゃんは高熱を出してしまわれたのじゃ」  麓の村から多少医療の心得がある者が駆け付けては来たのだが、元々過疎地の上に当時は都市部からの交通も整っておらず、満足な薬も調達できなかったそうだ。  三日三晩経っても高熱は下がらず、寝具などもふかふかのベッドなどあるわけもない。隼はとにかく寒がって、容態は悪くなる一方――。そんな時、氷川あゆみが寝ずの看病をしてくれたのだそうだ。 「あゆみ殿はご自分の着ていた衣服を脱いで裸身になり、熱でうなされ寒さに震えておった坊っちゃんの布団になるように寄り添っては、体温で坊っちゃんを温めてくれなすった……」 「お陰で数日後には熱も下がって快復に向かったが、若い男女のことじゃ。あゆみ殿はとてもお綺麗で気立てのいい娘御だったし、嫁入り前だというのに裸を晒してまで坊っちゃんの為に献身的な介護をしてくれたのじゃ。坊っちゃんが心惹かれないわけもなかった」  二人がどのように惹かれ合って、どのように気持ちを紡いだのかは分からなかったという。だが、その時に情を交わし合ったことは事実だったのだろう。 「あゆみ殿が子を孕ったことを知ったのは、現地の視察から帰って|三月《みつき》もした頃じゃった。坊っちゃんはその時の礼を言いに日本へ出向き、懐妊を知ったそうじゃ」  ちょうど隼が氷川財閥を訪ねた時、あゆみは孕った子を堕ろそうと病院に出掛けていたそうだ。それを知った隼が急いで彼女を追い掛けて、何とか手術に入る手前で引き留めることが叶ったのだそうだ。 「その後もあゆみ殿は子を堕すと言って聞かなかったそうじゃ。理由は坊っちゃんのことを嫌っていたわけではなく、既に妻も子もある坊っちゃんに迷惑が掛かってはいけないと……ただそれだけの思いだったと聞いておる」  おそらくあゆみも隼のことを愛していたに違いなかろうが、妻子のある彼に迷惑を掛けまいと、たった一人でお腹の子を始末しようとしていたのだと皆は言った。

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