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身勝手な愛36
「まったく……しっかりしてよ! こんな大それたことやらかしちゃうくらいの人なんでしょ、あなた?」
「……もういいのだ。あの人が来たらこの世ともおさらばさ。せめてあの人の手に掛かって逝けるなら本望だ……」
「何情けないこと言ってるの! けどまあ……安心して、郭芳さん。焔兄さんは当然怒ってるだろうから、あなたをぶっ飛ばす――くらいはするかも知れないけどさ。本当にあの世へ送っちゃうなんてことはしないはずだから」
「……へ?」
「俺がそんなことさせないよ。あなた、そんなに悪い人じゃないもの。ここにいるご老人方を誘拐したのも元を正せばファミリーのことを思ってしたことに違いはないわけでしょ? そりゃまあちょっと先走ったやり方とは言えるけど、心底からファミリーに悪どい気持ちがあったわけじゃないんだって――俺がちゃんと説明するって! だから元気出しなよ」
「……いいんだ。だが気休めでも嬉しいよ……。キミは……案外度胸が据わっているのだな? キミだって結局は元の鞘に逆戻りで思うようにはならなかったというのに。正直なところキミが本当にあの人の妻なら良かったと……今はそう思うよ。突然私に拉致されて来て……屈強な男たちに囲まれても物怖じしない態度はあっぱれだ。私にもキミのような度胸があったら……少しは上手く立ち回れたかも知れないな」
「そんな弱気なこと言うもんじゃないって! あなたは確かにやっちゃいけないことをしたけど、腹の底から悪どい気持ちがあったわけじゃないんだから。ちょっとそそっかしかっただけさ」
そう言ってポンポンと郭芳の肩を叩きながらも大きく深呼吸で気持ちを整えると、冰はこれまで纏っていた空気を脱ぎ捨てるかのように芯のある真顔で倉庫扉の向こうを見つめた。
「郭芳さん、聞いて。周焔は今でもちゃんとファミリーの心を持っていますよ。傍目には穏やかな企業人に見えるかも知れないけれど、彼は誰よりもお父様やお母様、お兄様というファミリーに恩を感じて大切に思っています。例え香港を離れて遠く日本の地に居ても、その思いだけは揺るぐことはない。それだけは信じてあげてください」
今までの軽いノリの性質とはまるで違う、神々しいほどの空気が彼の身体中を見えないベールで包み込むようだ。つい今しがたまでの青年とは別人かと思うほどの雰囲気の違いに、郭芳は事の次第が理解できないでいるようだった。
「キミ……いったい」
「ごめんなさい、郭芳さん。俺もあなたに謝らなきゃ。本当は俺、周焔白龍の妻なんです。あなたを出し抜いてこの場をしのぐ為に嘘をついたんです」
「……は?」
「だってこの状況でしょう? どんな手を使っても皆さんを無事にお父様の元へ帰すのが俺の役目ですから」
「……それじゃあ……キミは……私からこのご老体方を守る為に……?」
「ん――。ごめんなさい、郭芳さん」
「そんな……」
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