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陰謀20

 鄧の必至の訴えに周もまた同意した。 「分かった――。とにかくやれることはすべてやってみなければならん。手間を掛けるがブライトナー医師に当たってみるのも手だろう」 「ありがとうございます!」  鄧は早速にも共有の準備に取り掛かった。 「それで老板――あの母子にはお会いになられるので?」  李が訊く。 「会おう。女の方も俺との面会を望んでいるようだしな。冰も連れて行く」  親子鑑定のことはとりあえず告げずに、冰と結婚している事実は彼女に伝えておくべきと思うと周は言った。 「では私も同行させてください」  李が言うと、劉もまた是非とも自分も――と言って懇願した。 「私も同行させてください! もう一度……あの息子のDNAが採取できるようであれば……」  周は無理せずとも良いと言ったが、もしも密かに持ち帰る機会があれば、今度こそ失敗はすまいと劉は肝に免じているのだ。 「では今夜はとにかく俺と冰が夫婦であるという事実だけを伝えるとしよう。李も劉も手を煩わせてすまないが頼む」 「いいえ! 滅相もない!」 「我々にできることは何でもいたします!」  そんなふうに言ってくれる二人の気持ちを心底有り難く思う周であった。 ◇    ◇    ◇  その夜、丸の内のグラン・エーに出向いた周は、母子と二度目の面会を果たすこととなった。冰にとってはこれが初対面である。緊張の中、母子の姿を目にした彼は、当然か――さすがにソワソワと落ち着かなかったようである。 「周さん……その人、誰ですか?」  李と劉には面識があるものの、初めて見る冰のことを怪訝そうに見つめながら女が訊く。 「これは周冰。俺の妻だ」 「……? 妻? でもその人、男性……」 「その通りだ。男同士だが俺たちは結婚している」 「結婚?」 「そうだ」  片言ながらもその意味するところは理解したのか、女は驚きに目を剥いた。 「結婚……そんな……! 困るます! 私と息子はどうすればいいです!」  ともすれば半狂乱になる勢いで女は周に掴み掛かった。 「それを話し合いに来たのだ。俺は事実を隠すつもりはない」 「酷い……! あなた酷い人!」  興奮して周の胸板をドンドンと叩く女を李が引き留めた。 「落ち着いてください!」  女の両肩を掴んで周から引き離す。周は女とは真逆――この部屋に着いた時からまるで動じずの平静でいる。 「――ひとつ質問だが。あんたは息子が俺の子供だと言うが、それが事実ならば何故その子が生まれた時に知らせてこなかった。何故十五年も経った今になってこんなことを告げに来たのだ。その間に俺が別の人間と結婚していたとて不思議はなかろう」  周の言葉を李が翻訳ソフトを使って訳し聞かせる。女は言葉を詰まらせたまま返答できずに口をつぐんでしまった。 「それ以前にあんたたちの村は――地理的に言えば中国だ。それなのに何故中国語で話さない」  そう訊くと、女はこう答えた。自分たちは元々ラオスやミャンマーの隣国から村ぐるみで移住してきた少数民族で、ゆえに中国語では話さないのだそうだ。今現在片言でしゃべっている中国語は、周に会う為、必死に勉強したのだと訴えてよこした。

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