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陰謀29

 応接室にて三人になると、アーティットは突如ガバリと頭を下げてよこした。 「ごめんなさい! 今日は……本当のことを伝えに来ました……!」  まるで辛そうに身体を震わせる彼に、冰はもちろんのこと李も驚かされてしまう。 「アーティット君、とにかく顔を上げて。話を聞かせてください」  冰が穏やかな口調で宥めると、アーティットはようやく少しの落ち着きを取り戻してか、ゆっくりと口を開いた。 「母さんには……黙って出て来ました。俺、俺……もうこんなこと耐えられなくって……。俺たちはあなた方に嘘をついていたんです……! 俺が周焔さんの息子だっていうのも嘘なんです!」  冰と李は思わず顔を見合わせてしまった。 「――そうだったんですか。でも……ありがとう。本当のことを教えてくれて……。散々悩まれたでしょうに」  冰はアーティットの肩に手を差し伸べると、労うようにやさしく撫でた。 「すみません……本当に。迷惑掛けて……」 「ううん、そんなこと。でも話してくれてありがとう」  冰は経緯を訊くわけでもなく、ただ真実を伝えに来てくれた勇気に感謝の意だけを述べ、詳しい理由などは強要しなかった。息子の方はそんな冰の気遣いを感じ取ったのだろう、自らすべてを話すと言って涙ぐんでみせた。 「実は……俺の父親――本当の父親はタイ人で俳優をしているんです。その父が病気になって……」 「ご病気……? じゃあ今は……」 「上海の伯母の家で……お金が無くて入院できないから。伯父さんと伯母さんが面倒見てくれてます。父が上海に出て来たのも、元々はその伯母さんが上海に住んでいたからなんです。タイの実家は貧乏で……生活に余裕がないから大きな都市に行って少しでもお金を稼ごうと思ったそうです。最初は工事現場で働いていたそうですが、そこでスカウトされて俳優にならないかって声を掛けられたんだって聞いてます」 「……そうだったの……。お母様もそのことはご存知なんですか?」 「はい。あの人は……母は俺の本当の母じゃないんです。父と母が知り合って一緒に暮らすようになったのは俺が小学校に入ったばっかりの頃だった。俺の本当の母さんは俺がまだずっと小ちゃい子供の頃に病気で死んだって父から聞いてます。今の母には俺よりひとつ下の女の子がいて……俺の妹になります。俺たちは四人で一緒に暮らすようになりました。妹は可愛くて……父と母も仲が良くて、俺たちは幸せでした。でも……」 「お父様がご病気になられたんですね?」 「うん……そう。でもお金が無くて病院にも行けない。父さんの具合は悪くなるばかりで……困っていたらある日知らない男の人が母さんを訪ねて来たんだ。その人は……ちょっと怖そうな人だった。でも父さんの入院代を出してくれるって言って……」  だが、その代わりにやって欲しいことがあると言い、今回の件を持ち掛けてきたのだそうだ。 「十五年前に母さんが村で助けた香港マフィアの周焔っていう人が日本にいる。そいつは大金持ちだから、父さんの入院費どころか見たこともない大金が手に入るからって言われて。それには俺がその周焔って人の息子だったってことにしてお金をゆすり取ればいいって」  その男は手際良く日本への旅券や宿泊先のホテルまで手配してくれたそうだ。周のことだから息子がいたなどと言えば必ず親子鑑定に掛けられる。その際、潜り抜ける為の毛髪を男から手渡され、上手く周らに採取されるよう立ち回れと言われたそうだ。

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