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陰謀32

 話を聞いて、誰もが気の毒に――と思うと同時に、ダーウバンというろくでなしに対する憤りが込み上げてくる。クズ同然のそんな男を野放しにしておくわけにはいかない。それこそ自分たちのような者が始末屋の役目を買って出るべき時だと誰もが決意を新たにする。 「もう心配はいらない。あんたのご主人の治療費については俺が責任を持って引き受けよう」 「ダーウバンについても同じだ。二度とご一家を煩わせることのないように我々が必ず始末をつける」  周や鐘崎の頼もしい言葉を受けて、スーリャンもアーティットも涙した。 「とにかくは伯母上の家へ急ごう。ダーウバンへの連絡方法は分かるか?」  周が訊くと、彼女は男から指示のあった携帯番号を告げた。 「周焔さんに会って無事にお金が手に入ったら……ここへ架けろと言われています」 「よし。では連絡を頼む。すべて計画通りにいったと伝えてくれ。例の毛髪で親子鑑定をした結果、動かぬ事実を突き付けられて俺が息子の認知を承諾したと告げて欲しい。ダーウバンが姿を現したら――俺がこの手で幕を引く」  周の漆黒の瞳には決意の焔が闇色に揺れていた。  一方、報告を受けた香港では父の周隼と兄の風が別の方向からとある策に向けて動き出していた。ダーウバンという男が母子に提供した偽の毛髪作りに手を貸した闇医者を突き止める為だ。  ダーウバンが十五年前にここ上海へ移り住んでから裏の世界と繋がりを持っていったのは明らかといえる。――が、おそらくは隼らが普段から懇意にしているマフィアの組織とはまた別の意味での闇社会が形成されている可能性が高い。  悪というのはどこにでもはびこるものだが、金儲けの為に誰彼構わず陥れて世を乱すダーウバンのような輩を放置するわけにはいかない。彼らには仁義も流儀も、そして裏の世界に生きる者の役目も誇りも皆無だからだ。玄人堅気の区別もなく、やっていいことと悪いことの境界線も無い。隼は上海を仕切るトップに直接話を通して、それら闇組織を炙り出さんとしていたのだった。  上海を仕切る組織の頭領は隼の父親世代が未だ現役でいて、彼はそれこそ昔気質の仁義や粋というものを重んじる長である。長男・風の結婚式の際にも、墨汁でウェディングドレスを汚された嫁・美紅の擁護を台湾の楊氐と共に先頭切って買って出てくれた恩もある。ものの善悪を心得た温情深い人柄なのだ。  そんな頭領に話を通し、闇組織の存在を炙り出せるのは、同じく香港裏社会を仕切る頭領・周隼にしかできない――いわばトップ同士としての責任と役目といえる。  目の前で起きている細かな処置は息子たち若い者に任せ、隼は隼にしかできない、もとい組織の長たる頭領こそが成さねばならない大きな視点で動いてくれているのだった。

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