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陰謀31

 上海――。  現地に到着すると鐘崎親子と曹来が待っていてくれた。  俳優のチャンムーンが病に倒れ、伯母夫婦の家で療養していると聞いて、曹はなるほどと納得したようだ。そういう理由で彼が家にいなかったのもうなずける。 「では伯母さんという方の家へ急ごう。もしかしたら例の男が訪ねて来るやも知れん」  渡航中の飛行機の中でその男の名も判明した。やはり皆の予想通り、村で恐れられていた男であることが分かった。名はダーウバンだそうだ。  事の発端は当時、周らが礼に訪れた直後だったそうだ。一家が受け取った礼金に目をくらませたダーウバンが毎日のように訪ねて来てはスーリャンとの結婚を迫ったらしい。親子三人で断り続けたものの、男はスーリャンを強姦。既成事実を作り上げて無理やり夫婦にならされてしまったとのことだった。  彼女らの村は元々ラオスやミャンマーといった隣国から移住して来た信仰心の厚い人々で、特に年頃の娘が夫となる者以外の男と通じるということについては非常に厳しい負の感情を持っていたそうだ。  ダーウバンはそれを逆手に取ってスーリャンを我がものにし、村に居づらくさせることで大都市・上海に移住させたというものだった。  礼金で豪邸を購入させられ、だが彼女が孕ったことを知るとすぐさまその家を売却し、金はすべて持ち逃げされてしまったそうだ。 「ですが……私たちにとってお金は失ってしまったけれど、あの男が消えてくれたことの方が有り難かったのです。あの男と暮らした半年は……例えどんなに素晴らしい豪邸であっても地獄でした」  金は湯水のように使い、毎晩のように知らない女性たちを連れ込んでは色事に明け暮れ、その内に危ない男連中とも付き合うようになっていったという。 「怖そうな人たちをたくさん連れて来て、毎晩のように派手に飲み明かしていました。私たちは生きた心地もしなかった……」  だから妊娠が分かって男が自分たちを捨ててくれた時は天国だと思ったそうだ。 「両親と共に小さなアパートを借りて生活は厳しくなりましたが、その内に娘も生まれ、親子四人で慎ましく暮らしていこうと思いました。ですが両親は都会での生活が肌に合わずに村へ帰りたいと申しました。私は……帰ったところで白い目で見られるだけと思い、上海に残りました。正直、生きるので必死でした……。娘を抱えて……日々食べるのもままならなくて、いっそ死んでしまおうと思っていた矢先にあの人に出会ったのです」  それが俳優のチャンムーン親子だったというわけだ。 「私と娘はあの人に救われた。決して裕福とは言えないけれど、今までのように日々の食べ物を心配しなくていいだけで私はどんなに嬉しかったか……。あの人はやさしくて、ダーウバンとは大違いでした。アーティット君も娘の面倒をよく見てくれて、私たちは共に生きていこうと結婚を決めました。それから数年は本当に幸せでした」  その後は夫・チャンムーンが病で倒れ、今に至っているというわけだった。

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