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封印せし宝物2
名は確か王子涵 だったか――。
その子涵 少年に対して話し掛ける際にも周は今と同じように彼をこう呼んだ。『ボウズ』と――。
最初に名乗る時も確かそうだった。『ボウズ、俺は周焔だ』と言った。
部屋を決める時も同様だった。『ボウズ、お前の好きな部屋を選べ』そう話し掛けていた気がする。
冰は亭主のその言い方が好きだった。彼が小さい子供に呼び掛ける際の『ボウズ』という言い回しは、一等最初彼に助けられた時に掛けられた言葉だからだ。親しみを感じさせ、安心させてくれるような独特の呼ばれ方が心地好く、何とも言えずに気持ちが高揚したのを覚えている。
周と出会ったのは冰が九歳の時だった。たった今、目の前で転んだ少年とちょうど同じ年頃だ。王子涵もまた然り。その年頃の少年に対して『ボウズ』と呼び掛けるのは周の口癖なのだろう。冰にとっては思い入れの深い大切な呼ばれ方ゆえ、何かの折に周が『ボウズ』と口にする時、必ず出会った時のことのことを思い出すのだ。
ボウズ、坊主、ぼうず――。
これまでは大して気に掛からなかったことだ。彼がボウズと口にする時、出会った時のことを思い出して胸が温かくなった。とても心地の好い呼ばれ方、やさしくてあたたかい思い出――ただそれだけだった。
だが何故だろう。その呼び方を耳にする度に、理由もなく身体が震えるような奇妙な感覚に苛まれるようになったのはいつの頃からだったろうか。
例えていうならば、失ってはいけない大切な何かに繋がるような恐怖にも似た感覚なのだ。
(何だろう、この気持ち――。いつか遠い日に、ひどく大事な何かをどこかに置き忘れてきてしまったようなこの気持ち……)
それがどんな物で、どこに置き忘れて来たのかが思い出せない。ただこの世で一等愛する亭主である周が『ボウズ』と口にする時、その何かが心の奥のずっと深いところから『探し出して欲しい』と訴え掛けてくるような気持ちにさせられるのだ。
(キミは誰なの? 俺に探し出して欲しいと訴え掛けてくるキミはどこの誰? それとも人ではないのだろうか……。物――? どんな物? 思い出せない――。すぐそこまで出掛かっているような気がするのに……思い出せない)
この日の出来事を境に、冰は次第に塞ぎ込むようになっていった。
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