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封印せし宝物3

 川崎、鐘崎邸――。 「冰の様子がおかしいだと?」  その日、平日の午後だというのに周が突然組を訪れたことに鐘崎も紫月も少々驚かされることとなった。彼と会うのは大抵週末の休日で、よほど緊急の用でもない限りはこうして平日に出向いて来るなど滅多にない。しかも李も一緒だ。本来ならば商社の業務に忙しく駆け回っている時間帯でもある。だが、その理由を聞いてなるほどと思わされた。ここ最近、冰の様子がどうにもおかしいというのだ。 「おかしいって――どんなふうにおかしいんだ」  源次郎が淹れてきた茶を勧めながら鐘崎が訊く。紫月もまた心配そうに身を乗り出していた。 「特にどこがどうというんじゃねえが――何となく塞ぎ込んでいるというか……。元気がないように思えるんだが、理由を尋ねても『何でもない』と言って埒があかねえ」  李もまた同じように感じるという。 「ふむ――塞ぎ込んでいるとな。何か悩み事でもあるんだろうか」  鐘崎は腕組みをしながら首を傾げた。  冰が汐留にやって来た当初ならともかく、今はそれこそ身も心も許し合った最愛の夫婦だ。数々の災難や事件に見舞われながらも一心同体という絆の強さで乗り切ってきた二人である。そんな周と冰の間で打ち明けられない悩みなど存在するのだろうかと思わされるわけだ。 「それで――冰の様子がおかしくなったのはいつからだ?」  何かきっかけとなるようなことがあったのかと訊くも、ところが周にはこれといって思い当たらないようだった。――が、李には心当たりがあるようだ。 「これは私の思い込みかも知れませんが……冰さんのご様子が変わられたのは、あの日の直後くらいからだったかと」 「あの日というと?」 「実は先日、かれこれ十日ほど前になりますか。老板も覚えていらっしゃいませんか? クライアントとの打ち合わせの帰りに道端で十歳くらいの少年が転んだことがあったでしょう」  それについては周も覚えがあるようだ。 「そういやそんなことがあったな。だがそれと冰とどう関係があるってんだ?」  あの時の母子は全く見ず知らずの他人だったし、会釈を交わしたきりで互いの名も素性も知らない。母子が礼に訪ねて来たわけでもないし、それ以前に名も知らぬ者同士、彼らには周がどこの誰かも知り得ないはずである。李もまた、それは重々承知の上のようだ。

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