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絞り椿となりて永遠に咲く37

 一方、その少し前だ。当の三春谷の方は何食わぬ顔でいつも通りに出社していた。  午前中の仕事が済んで、社員たちは昼休憩に入る時刻だ。爆破から既に半日以上が経とうとしている。計画通りに事が運んだものと思っていた彼は、出社直後から鐘崎らの遺体が見つかったという情報を今か今かと待っていた。  ところが昼を過ぎてもそういった話は耳に入ってこない。解体現場では撤去作業が行われているだろうにどうしたことかと内心焦り始めてもいた。社内では今回の解体実験は大成功だったと歓喜の声が聞こえてくるのみだ。 (おかしい……。もうとっくに見つかっててもいい頃なのにな)  撤去現場で人間の遺体が出てくれば大騒ぎになるはずである。だが、詳しい様子を知りたくても部署が違う三春谷には欲しい情報が上がってこない。幾分不安になり掛けた退社時刻直前だった。警視庁から来たという刑事が数人、自分たちの部署へやって来たのに胸を逸らせたのも束の間、 「三春谷だな? 殺人未遂の容疑で署まで同行してもらおうか」  鋭い眼光の刑事にそう言われて絶句――。何が何だか分からないまま刑事数人に両腕を掴まれて蒼白となった。 「ちょっ……! 何なんですか、あんたら……。俺が何したっていうんです!」  同僚たちの驚きとも冷ややかともつかない視線が針のように突き刺さる。有無を言わさずといった刑事たちに引きずられるようにして、三春谷は警察車両に押し込まれたのだった。 ◇    ◇    ◇  三春谷が引っ張られたとの一報を受けて、汐留では誰もが一件落着に安堵の面持ちでいた。鐘崎と清水もすっかり体調が戻ってきたものの、大事を取ってもう一晩を鄧の医療室で静養することになっていた。紫月にとっては後輩の三春谷が起こしただろう企てに気の重いことだったが、鐘崎と清水が無事だったことが何よりといえた。  鐘崎らの快気祝いと皆の労いを兼ねて、その日は周邸のダイニングにて夕卓を囲むことになったが、安堵の中にあっても紫月だけは今ひとつ晴れない面持ちが拭い切れずにいた。やはり自身のことで皆に迷惑を掛けてしまったという思いが消えないのだろう。食事が済み、リビングに移ってティータイムをしながらも、『すまなかった』と謝り続ける彼の胸中を思うと、誰もが気の毒な気持ちになるのだった。 「紫月、今回のことは決しておめえのせいなんかじゃねえんだ」 「遼……」  気に病むなと宥めながら鐘崎は続けた。 「おめえは――自分がもっと上手く対応していればと思うかも知れねえが、俺にも同じことが言えるだろう。三春谷がお前に邪な考えを抱いていることを知って俺はヤツに苦言を呈したが、もしかしたらもっと違う言い方をすれば今回のような恨みを買わずに済んだのかも知れない」

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