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第1話
「はぁ…カッコいいなぁ…」
仁木萃 は溜息をついた。
体育館の前で一人の男子生徒が女生徒に囲まれ談笑している。
どうせまた、あの中の誰かが…いや全員か?貴臣狙いなのだろう。
西野貴臣 、3年生の首席で生徒会長、そしてもう引退したが、男バレのエースだった。
貴臣が群れから離れ、校門を出てゆく。
「行こ」
呟いて、指定席のベンチから立ち上がり、萃は慌てて貴臣を追いかける。
追いかけて何をするわけでもないが、ただ、追いかけるのだ。
貴臣が時々振り返る時は、常に手に持っているスマホを操作して液晶を凝視するふりをする。
―あいつ、また後ろ歩いてる…
貴臣は、3年になってから初めてその存在を意識したオタク仁木萃に気付いていた。
仁木と西野なので、間に錦戸がいるだけで何かの時に並ぶと視界には入るが、あまりに影が薄くて、仁木の名前を知っている者さえ希少価値だ。
それが、ここのところ、ふと気づくと仁木が視界に入るようになった。
ほんと、ずっと会うなぁ…偶然だろうけど、縁があんのかなぁ…
そう思った時だった。
ドシン!
音がして
「何やってんだ、タコッ」
と大声が聞こえた。
萃が人とぶつかったのだ。
小さな萃は吹っ飛んだらしく横向けに転んでいた。
「大丈夫か?!」
貴臣が駆け寄って抱き起こすと、いつも顔を覆う長い前髪がパックリ2つに割れて、真っ白な顔にビー玉のような丸い茶色の目が現れた。
射抜かれた――
アイドルですか?と思う程、整った、且つ、愛くるしい顔に思わず息を飲んだ貴臣の腕を、萃は小動物のようにすり抜け起立をして
「すすすみません…!ぼ僕、大丈夫ですっっ…」
と猛ダッシュで去って行った。
それから貴臣の心に萃が住み着いた。
貴臣の目はいつも萃を探す。
そして萃はいつも、案外、貴臣の近くにいて、いつもスマホを弄っているのだった。
「オタクちゃんだねぇ…。姿勢悪いぞ?眼鏡してないけど視力っていくつあんだ?」
そんな独り言を言いながら、観察を続け、いつしか、たまに風が吹いたり、誰かに、退いて、みたいに声をかけられて顔を動かした拍子に覗く、天使のような顔を見るのが貴臣の1番の楽しみになった。
顔を隠してしまうサラサラの髪も、スマホを弄る白い少女の様な指も、小さく細い体も、丸まった背中も、全てが萃を彩る装飾品で…
最高だ…。
その気持ちが恋だということに、貴臣はすぐに気付いた。
男に恋したことはない。
だが、中学の時、同じクラスの男子に告られたことがある。
驚いたが嫌悪感はなかった。
だからと言って、彼とどうこうとは思わなかったから断ったが、今でも連絡は取り合っているし、彼から新しい恋をしたんだ、と男の恋人の話しをされても気持ち悪いとは思わなかった。
だから、萃に興味を持った時、男同士故に、この気持ちは何なんだ…と自分がどうしてしまったのか解らずに悩み苦しむ、いうことはなかった。
もうすぐ12月、という寒い日、貴臣は、いつも萃が座っている体育館裏を見下ろせるベンチに走った。
「なぁ、仁木。俺と付き合ってくれない?」
相変わらずスマホを弄っていた萃は、顔を上げてポカンとビー玉の目で貴臣を見た。
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