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第1話
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雨の中を走っていた。どこまでも、どこまでも走っていた。
頬に雨粒が当たり、アスファルトにしぶきが跳ねる。
早く会わなければと焦っていた。一分一秒を争う事態だ。息が切れて、足がもつれる。湾岸の倉庫街は雨にふりこめられ、どこまでも薄暗い。
顔を手のひらで拭い、彼はなおも走った。
関岡(せきおか)達也(たつや)。三十八歳。
頭のてっぺんから足の先まで濡れそぼり、革のジャケットが肩へ重くのしかかる。靴の中には水が溜まっていて、着地するたびにぐちゃぐちゃと水を踏む感覚があった。
右を見て、左を見る。
どこまでも同じ形の倉庫が続くばかりだ。大きな鉄の扉はぴったりと閉じられ、篠突く雨の中でも錆びているのがわかる。廃倉庫地帯だった。
早く行かなければ、と達也はいっそうの焦燥感に駆られていく。
走って、走って、走る。しかし、いつまで経っても、目的地には着かない。
早くしなければ。追いつかれる。間に合わない。
何度も、そう思う。足がもつれて、水たまりの中を転がり、泥水が顔も髪も汚した。それもまたすぐに雨が洗い流していく。
汗も涙も同じだった。すべて一緒くたになり、ひとつ残らず、雨に濡れて消える。
達也はまた立ちあがった。
会わなければ、ならない。
強く感じる一方で、頭の中には、疑問が常在している。
相手はいったい、だれだっただろうか。
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