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第1話

    1  電車を降りると、駅前のコンコースには数台の車が停まっていた。  すぐに目を逸らすつもりだったのだが、どこかで期待してしまっていたのだろう。  父親の愛車であるワーゲンを、気がつけば探していた。しかし視界に入ってきたのは、どれも見覚えのない車ばかりだった。  当たり前だ。塾の帰りは、いつも歩いているんだ。今日に限って、迎えに来てくれているなどと、どうして期待してしまったのだろう。  多分それは、今日は試験前の特別講習で、普段は十九時で終わる授業が二十一時まで続いたからだ。さすがにこの時間になると、いつもは駅前でたくさん見かける制服姿の中高生たちもほとんど見当たらない。  著しく小柄というわけではないが、平均的な身長で細身の優良(ゆら)は明らかに小学生にしか見えないため、時折訝し気な視線を向けてくる人間もいる。  もっとも、わざわざ声をかけてくるようなお節介な人間はいない。  今日は、優良の二つ下の弟の誕生日だった。今年小学四年生になる弟の翼(つばさ)は大人びたところがあり、誕生日プレゼントにはミュージカルを見に行きたいと言い出した。  有名劇団のミュージカルのテレビCMで見るたび「見に行きたい」と弟は口にしていたし、両親もそんな弟の希望をかなえてあげたいと思ったのだろう。  翼の誕生日は土曜日だったが、優良は模試が近いということもあり、塾の特別講習が入っていた。けれど、母親の頭の中に優良の予定は入っていなかったのだろう。  一週間前、おずおずと優良が講習の話をすると、母親はあからさまに困った顔をした。  塾を休んでミュージカルに行くという選択肢も提案されたが、優良はそれを選ばなかった。どうせ、一緒に行ったところでどうしようもない疎外感に苛まれるだけだ。それだったら、最初から行かない方が良い。  そして母親から言われたのは、遅くなるかもしれないから戸締まりを気をつけて、という言葉だった。  医師である父親は、毎年翼の誕生日には休みをとっていたのだが、どちらかが優良を迎えに行くという考えは最初からなかったようだ。  なんだか虚しくなってため息をついたその時、ちょうど一番近くにあった車のウインドウから女性が顔を出し「こっち!」と大きな声を出した。

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