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fortune③

「入社してから二週間で異動って、珍しいな。そんなことあるの?」 「建前は経験を積むために各部署をローテーションってことになってるけど、要はたらい回しだよ。ウチに来たのだって、扱い難くて手に負えないって経理部が音を上げたからだぞ。俺も御曹司を持て余して困ってるって久我(くが)に相談したら、営業は人が足りなくて猫の手も借りたいってさ。だから早めに引き取って貰うことにしたんだ」 「久我って、営業部のエースの? 猫の手ねぇ。引っ掻き回されるだけなんじゃないの」   からかうような笑い声が、煙草の匂いと共に遠ざかる。どうでも良いと思いながら、玲旺は二人の背中を見送った。  例えどれだけ謙虚に振舞ったって、今みたいな揶揄や中傷が消えないことを知っている。努力して結果を出しても認められず、「七光りだ」と切り捨てられることを知っている。  だったらいっそ、絵に描いたような御曹司を演じてやろうと決めたのだ。  生意気で高飛車で傲慢な、解りやすい悪役に。  気安く話しかけられないくらい、高い壁を築こう。  遠慮なく陰口を叩けばいい。  嫉妬と羨望を上手く隠し、優しいフリをして近づかれ、背中を刺されるより余程マシだ。初めから嫌われていれば、これ以上傷つかなくて済む。  オフィスに戻ると、先ほどの教育係が笑顔で近づいてきた。陰口を聞かれていたなど露ほども思っていない彼は、調子よく玲旺に声を掛ける。 「桐ケ谷(きりがや)さん、すみません。実は先ほど営業部から、助っ人の要請がきまして。ウチの方としても、桐ケ谷さんに抜けられるのは痛手なのですが、どうしてもと言われて断れず……」  白々しい物言いに、目も合わせず「ふーん」とだけ答えた。玲旺が機嫌を損ねるのではないかと危惧するような気配が、やり取りを見守る社員たちの間に流れる。 「いや、本当に仕事のできる桐ケ谷さんにはずっと総務に居て頂きたかったので残念ですよ。では、営業部へご足労頂けますか?」  見え透いたゴマ擦りに辟易しながらも「いいよ」と頷いた。その瞬間、ホッとしたような空気が部署全体に流れたのを感じ、馬鹿馬鹿しくて心の中で唾を吐く。  転属するのに持っていく荷物など一つもなく、本当に自分はここで何もしていなかったのだなと、惨め過ぎて可笑しかった。  営業部でもどうせ腫れ物扱いなんだろう。まともな仕事を任されるはずがない。仮に契約を取ってきたって、コネだ何だと言われるのが目に見えている。一体いつまでこんな茶番を続けなければならないのかと、憂鬱な気分で長い廊下を歩いた。

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