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熾烈な戦場③
「着替えて参りますので、少々お待ちいただけますか」
「ええ。ありがとう、お願いしますね」
玲旺の返答に鈴木は目を剥いたが、玲旺は女性から服を受け取ると誰もいない商談スペースへと移動した。ここならパーテーションで区切られているので、問題なく着替えられそうだ。
トビー素材の白いワイシャツに袖を通し、ミモレ丈のフレアスカートを穿く。ウエストのサイズは全く問題ないが、足がスース―して違和感しかない。丈が短めのジャケットを羽織った瞬間、クスクス笑っている久我の気配を感じて、玲旺は思い切り顔をしかめながら振り返った。
「嘘つき」
「ん? フォローがいる場面だった?」
「あの女性、有名人か何かですか」
「さあ、誰だろうね。有名人じゃなかったら引き受けなかった?」
「受けますよ。顧客候補には変わりないんだし」
玲旺の答えに久我が満足げにほほ笑む。その様子を見て、ああ自分は間違っていなかったんだなと確信した。同時に「試しやがって」と言う気持ちも沸いて、玲旺は頬を膨らませる。
玲旺の心情を察したのか、久我は苦笑いしながら箱からパンプスを取り出し、玲旺の足元に置いた。
「お待たせしました」
風を切る様に堂々とブースを横切る玲旺に、通路を行き交う人々から小さなどよめきが起きた。歩く度にタックの入ったフレアスカートがふんわりと優雅に揺れる。女性は「ほぉ」と感嘆の声をあげて目を細めた。
「綺麗なシルエットね。ジャケットも素敵だわ。申し訳ないけど、その場でクルっと回って頂けるかしら」
「かしこまりました」
言われた通りに軽やかに回って見せると、うっとり見惚れるようなため息が周囲に広がった。
「素敵ね」と言う声に混じって、「そのまま三回まわって『ワン』って言ってみたら?」と言う男の声が聞こえて、玲旺はそちらに目をやる。
高そうな海外ブランドのスーツを身にまとった男が、ニヤニヤ笑いながら見下したような視線を玲旺に送っていた。
「フォーチュンの跡取りはプライドが無いのかよ。契約取る為に必死で尻尾振っちゃってさぁ。見てらんないね」
口の端だけ上げた下品な笑い方をして、男が大袈裟に肩をすくめて見せた。玲旺は怒りよりも先に「はて、俺は何で見知らぬ馬鹿に喧嘩を売られているのだろうか」とキョトンとしながら首を傾げる。
吉田がスッと玲旺の背後に回り、小声で「ジョリーの社長令息、紅林 です」と告げ、なるほどと納得した。
「あら。あなたフォーチュンの跡取りだったの」
玲旺に試着を勧めた女性は、大きく瞬きを二回した。
「ええ、以後お見知りおきを」
満面の笑みで玲旺が答える。せっかく嫌味を言ったのに大して効いていないのが気に入らなかったのか、紅林が思い切り舌打ちをした。
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