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*第20話* どの分岐点を選んでも
洗い終わってその場にへたり込んだ玲旺の横で、久我も手早くシャワーを済ます。座り込んだままの玲旺はタオルに包まれ、抱き上げられてリビングのソファへと運ばれた。久我は一旦寝室に消え、着替えを済ませて戻ってくると、手にしていた玲旺のスーツをソファの上にバサリと放り投げる。その間もずっと玲旺は、呆けたように脱力したまま動けずにいた。
「スーツは無事だったけど、シャツはごめん、ボタンが取れてた。直しに出してから返すよ。今日は俺のシャツを着て帰って」
「やだ。帰らない」
「悪いけど、恋人以外は泊めない主義なんだ」
濡れた玲旺の髪をタオルで拭きながら、さらっと残酷なことを言う。
「さっきタクシー呼んだから、早く着替えろよ」
急かされても一向に動き出さない玲旺を見かねて、久我が代わりにシャツを着せてくれた。首回りはゆるゆるで、袖は手のひらの半分が隠れてしまうほど長い。
「ぶかぶかだなぁ。家に帰るだけだから、ジャケット着れば誤魔化せるかな。ベルトくらいは自分で締めろよ。ホント、手のかかる弟だ」
「……兄弟はセックスしたりしないよ」
「そうだね。だから今日が最初で最後。月曜日からは、ただの兄貴と可愛い弟だ」
その言葉に玲旺はハッとして顔を上げた。
「やだ」
「なに? お前は俺のオモチャになりたいの? ヤリたいだけならまた来ればいい。適当に抱いてやるから」
「そんな……」
玲旺は久我から目を逸らし、膝の上で拳を握り締める。泣きたくないのに涙が勝手に落ちた。久我は参ったように息を吐き、玲旺の頭に手を乗せて頭を撫でる。
「ごめん、ちょっと意地悪過ぎた。そんな顔しないで、いつも通りに戻るだけだよ。あんな連絡しなきゃよかったな。ごめん」
「謝んなよ。メール貰って死ぬほど嬉しかったのに。こんなに好きなのに」
「期待させて本当に悪かった。でも、桐ケ谷のその感情は一時のものだよ。まだ若いんだし、これから出会いもたくさんある。俺のことなんてすぐに忘れるから」
穏やかな声で優しく突き放される。「そんな事ない」と玲旺は震えながら抗議したが、頑なに拒まれた。
今だけでいいと覚悟して部屋に入ったはずなのに、心のどこかで「そうは言っても実際に肌を重ねれば、離れ難くなって愛して貰えるんじゃないか」と、甘い幻想を抱いていたのかもしれない。
「そろそろタクシーが着く頃かな。下に降りよう。エントランスで見送ってあげる」
抵抗する気力も失せ、手を引かれるまま部屋を後にする。繋いだ手に指を絡めて強く握ったが、振り払われることはなかった。その代わり、握り返される事もなかった。
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