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どの分岐点を選んでも②

 マンションの前には既に黒いタクシーが停まっていて、久我は後部座席に玲旺を押し込みながら行き先を告げる。何で自宅の住所を知っているんだろうと不思議に思ったが、直ぐに藤井からの情報に書いてあったんだなと納得した。  久我は玲旺に視線を向けると「おやすみ」と言って車から離れる。  本当に最初で最後の夜になるのかもしれない。そう考えたらせめて良い思い出にしたくて、玲旺は久我に微笑み返した。 「久我さん、ありがとう。……嬉しかった」  一瞬だけ久我は唇を噛んで泣きそうな顔をした。悪役になり切れてないなと思いながら、玲旺は笑顔でさよならを告げる。  タクシーが走り出すと張り詰めていた糸が切れ、倦怠感に襲われた。数時間前はあんなに幸せだったのに、どうしてこんな気分で家に帰るんだろう。一体どこで間違えたのか。  頭の中に浮かんだチャートは、どのルートを通っても今日の出来事に到達しそうだった。どれだけたくさんの分岐点があっても、久我を好きにならないルートは玲旺の中には存在しない。  もともと片想いだったんだ。それがたった一度でも、あんなに激しく求めて貰えたんだから、もうそれでいいじゃないか。  何度言い聞かせても、今すぐ引き返して部屋のドアを叩きたい衝動に駆られる。  結局残ったのは、想い出の夜と酷い虚無感。 「着きましたよ」  運転手に告げられて顔を上げる。開いたドアの向こうに目を向けて、玲旺はギョッとした。 「何で藤井がここにいるんだよ」 「こんばんは。さあ、早く降りてください」  呆然としていたら、腕を掴まれ引きずり降ろされた。背後でバタンとドアが閉まり、タクシーが走り去っていく。 「俺、金払ってないのに」 「どうせ久我がアプリを使って配車したんでしょう? だったら彼のカードで決済されますから、心配無用です」  久我の名前を言い当てられて、玲旺は驚いて藤井の顔を凝視した。 「なんで久我さんってわかるの?」 「玲旺様の体に全く合っていないこのシャツに、見覚えがあったもので。……おや?」  藤井は呆れたように鼻で笑い、玲旺が着ているワイシャツの襟を指で軽く摘む。襟を少し引いて背中を覗き込み、眉間に皺を寄せながら眼鏡の位置を直した。 「背中に赤紫の痣がいくつもついていますよ。どこで悪い虫に噛まれたんでしょうねぇ」  玲旺の顔がカッと赤くなる。藤井の手を跳ね除けると、鋭く睨んだ。 「俺に触るな。そんな事よりシャツを見ただけでわかるなんて凄いな。久我さんの事なら何でも知ってんの? そんなに好きなんだ」 「フォーチュンのオーダーシャツだと言っていたので記憶に残っていただけです。好き? 私が彼を? 高く評価はしておりますが、違います。想い人は他にいますので」 「へぇ。藤井に想い人がいたなんて初耳。どんな人?」  意外な返答に玲旺は興味を持ったが、藤井は少しも表情を崩さず淡々と話しを進めていく。

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