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生まれ変わったんだってば②

「日本で自分を見つめ直す機会に恵まれたのかな。きっと良い出会いがあったんだろうね」  穏やかに微笑む博之に、玲旺は深く頷く。瑠璃は持ち上げたカップの中で揺れる綺麗な紅色に目を落とし、「そっかぁ」と小さく呟いた。 「私は正直、玲旺くんがこちらに戻るって聞いた時には、まだ早いと思ったの。だからもしかして、何かやらかして日本から引き離さなきゃいけなくなったのかなって。でも、玲旺くんちゃんと認められてここに来たのね。偉かったね」 「う……ん。そうだね、頑張った、かな」  多少やらかしている自覚はあるので、歯切れ悪く返事をした。久我のことは藤井しか知らないので、余計な事は言わずに口をつぐむ。 「お義父さんから、玲旺くんは秘書業務ではなく店舗で勤務させるように言われてるんだ。玲旺くんに接客と販売は少し不安だったんだけど、実際に会ったら納得したよ。大丈夫そうだね」 「えっ、店舗勤務? 俺が販売?」 「そう。私も最初の一年は店舗勤務だったのよ。直にお客様の声を聞けたり、仕入れたものを売り切るまで見届けたり、凄く勉強になった。玲旺くんもきっといい経験が積めるはずよ」  てっきり姉の元で秘書業務をこなしながら経営について学ぶのだろうと考えていた玲旺は、予想外の事に眉間に皺を寄せる。 「そっか、初耳。まぁ、俺に何の説明もなく親父が勝手に決めて話を進めるなんて、今に始まった事じゃないけどさ」    相変わらず雑に扱われているなと、自嘲しながらティーカップに手を伸ばした。玲旺の思考が読み取れた瑠璃は、首を横に振る。 「お父さん、これでもちゃんと玲旺くんのこと考えてるのよ。玲旺くんにとって一番良い道を歩かせてあげたいと思うあまり、独りよがりになっちゃうだけなの。自分がとっても厳しく育てられて辛かったから、叱る事もないし」 「その結果出来上がったのが、裸の王様だなんて滑稽だったね」  鼻先で笑った後、玲旺はカップに口を付けた。  あれはまるで、構ってもらえない子どもがこちらを向いてほしくて、わざと駄々をこねていたようなものだ。 いや、「ようなもの」ではなく、実際にそうだった。  玲旺が小学校に上がる頃に祖父が亡くなり、跡を継いだ父とそれを支える母は多忙を極めた。大学生と高校生だった姉二人は既に留学中で、玲旺はいつも一人、大きなダイニングテーブルでシッターの作った食事を摂る。  どんなものが好きで何を食べていたかなんて記憶がまるで無い。我儘も横柄な態度も咎められることはなく、その代わり「可哀想に」と不憫がられた。それが余計に腹立たしかった。 「そんなことないよ。言うほど酷くはなかった。何だかんだ言っても、玲旺くんはきちんと外ではわきまえていたように思う。学校でも大きな問題を起こしたことはなかったしね」  博之のフォローが身に沁みる。反抗期真っ只中の頃でさえ、彼はいつも冷静に助言をくれた。あの頃、もっと聞く耳を持っていたらと悔やまれる。

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