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広い世界を知った後でも③
「今でも、俺のことが……好き?」
久我の声が震えているような気がした。何と答えたら良いのか解らず、何度も聞くなと思いながら無言で頷く。
次の瞬間、強い力で引き寄せられて、気付くと久我の胸の中にいた。両腕でしっかりと抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。
「桐ケ谷、どうしよう。嬉しくて頭がおかしくなりそう」
「は? 嬉しい?」
思ってもみなかった言葉に、玲旺は久我の体を押し戻して顔を上げた。久我は壊れ物でも扱うように、恐る恐る玲旺の頬に触れる。
「お前の活躍は、日本にいても聞こえて来たよ。ロンドンで優秀なスタッフに囲まれて、俺のことなんてもうすっかり忘れてると思ってた。だから、今でも想ってもらえてたなんて夢みたいだ」
潤んだ目で見つめられ、鼓動が速くなる。
「それってまるで、久我さんも俺のことが好きみたいに聞こえるよ」
「うん。だって、そうだからね」
久我にすんなり肯定されて、玲旺は驚きながら瞬きを繰り返した。嬉しいと思うよりも先に「なぜ」と疑問をぶつけたくなる。
「じゃあ、何でロンドンに行く前にそう言ってくれなかったの? あの時すぐに付き合う事が出来なくても、久我さんの気持ちさえ聞けていたら、俺はいくらでも待てたのに。何で追いかけてくれなかったんだよ」
玲旺は「酷いよ」と、涙目になりながら久我のシャツを掴んで揺さぶった。久我はすまなそうに眉根を寄せて、玲旺の頬を両手で包む。
「俺が想いを告げたら、ロンドンで良い出会いがあっても見逃すだろう? お前を縛りたくなかったんだよ。それに、お前が待っていてくれると思ったら、俺は現状維持で満足してしまう。甘えたくなかったんだ。俺はお前が広い世界を知った後でも、選ばれるような男になりたかったから」
自分勝手でごめんねと、囁いた後に玲旺の耳を食んだ。くすぐったさに、思わずふっと息が漏れる。
「俺の気持ちが続くか試したのかよ」
「違う。自由でいて欲しかったんだ。お前の邪魔をしたくなかったんだよ」
耳から離した唇を、今度は玲旺の額に落とす。それから瞼、鼻の頭、頬にキスの雨を降らせて、最後に軽く唇に触れた。愛おしそうに玲旺の髪を撫で、目を細める。
「来週ロンドンに行く予定だったのに、まさか今日こんな形で会えるとはな。入れ違いにならなくて良かったよ」
久我が笑うと、吐息が玲旺の額にかかった。
「俺に会いに来てくれるつもりでいたの?」
「そうだよ。お前『俺に相応しいと納得出来たら、そっちから会いに来い』って言ったの覚えてる? やっと自分で納得できたんだ。だから、玉砕覚悟で想いを伝えるつもりだった。……ねえ、桐ケ谷。もう一回、好きって聞かせて」
普段精悍な顔つきの久我が、珍しく心細そうにせがんだ。そう言えば、最後に会った時もこんな表情をしていたなと思い出し、久我も不安だったのかと初めて知る。
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