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「さっきも教室でさ、その……」
「ちょっと待って藏元」
「?……どうしたの?」
案内中、ずっと藏元のことで周囲はワイワイしていた。だがその空気が、少しばかり違う色になっている。
外の施設に行こうとしていた俺たちは昇降口付近にいる。体育館に繋がる渡り廊下はそのすぐ隣だ。そちらから何と無く嫌な感じがする。
「…………最悪だ」
「え?」
俺が呟いた直後、ざわめきはより一層盛り上がり、歓声に変わる。
キャー、とアイドルを観たときの女の子たちの歓声……に似た男子生徒の歓声。まだ声変わりしてないのお前らと突っ込みたくなる声の高さ。
げんなりする俺はそちらへは視線をやらず昇降口に再び歩き出す。
何事だと当然気にはなっている藏元だけど、俺が歩き出したからかチラチラと向こうを見ながら追い掛けてくる。
「……何かあったの、あれ」
「……この学校のアイドル様のどれかじゃない?」
「アイドル??」
「んー……顔がいいと、誰でもチヤホヤされんのよ」
靴を履き替えつつ、藏元に言うと苦そうな顔をして歓声の上がる方を盗み見た。
「気になる?歓声に応えた人のこと」
「え?」
「どうしたらいいか分かんないんだろ。周りからの声に」
「……そうだけど」
「…………じゃあ、あれが一例としていいんじゃない?」
まだここに来て時間も浅い藏元が余りにも不憫に思えて、最初ここで止まる気はなかったがロッカーに背を預けこの一部始終を見せることにする。
ここの環境を突っぱねるか、受け入れて声援に応えるか、それは藏元次第だ。ならその片方の一例を見せてもいいじゃないか。
怖いものを見るような目で藏元はあの人だかりを見つめている。俺はそれを後ろから、傍観者のように見ていた。
そして、歓声を浴びて姿を現したのは背の高い、明るい茶髪の綺麗な顔をした男子生徒。ファンに手と愛想振り撒いて、ニコニコと歩いている。ハンカチで汗を拭く姿はそれだけで絵になる……なんて、虚しくなるからやめよう。
ファンたちに向けていたそいつの視線は遠くで突っ立っていた藏元と偶然視線がぶつかった。そしてそのまま俺の方にも視線が向けられる。
ファンたちの包囲網から抜けるとその男はロッカー付近へまっすぐ歩いてくる。
そして、ロッカーに肘をついて寄り掛かるように立つとにっこりと甘ったるい笑顔を向けてきた。
「なりちゃん、こんにちは」
「……す」
「この子は?随分イケメンな子連れてるね?彼氏?遂になりちゃんも仲間?」
「違います」
一例を見せるとして、その例が最悪だった。もうちょっとまともな奴もいるのに、まさかの最下層が一番最初に現れるなんて。ため息を吐きつつ、足元に視線を落とす。
「ねーなりちゃん抱かせてよー」
「キモいっす」
「なりちゃんの処女は俺が欲しい。ねぇ君は?なりちゃんの何?」
「ぇ、……俺は、……2年の、藏元、です」
「藏元くん?……あー!2年生の転校生??知ってるよ噂になってた!凄い格好いい子だって!」
困ってた藏元が、やばい例を見たことで更に困ってる。さて、どう回収したものか。
「ぇ藏元くんもなりちゃん狙い?駄目ー!なりちゃんは俺が抱くって決めてるからぁ!」
ぎょっとした目で俺を見る藏元に、やめろと視線で伝える。
「違いますよ東舘さん。藏元は、俺と同じノンケですから。関係ないです」
「へぇ?本当に?男の第一号はなりちゃんにしようとか思ってない?」
困惑と動揺、藏元がキャパオーバーのようであたふたしている。
悪い、藏元。こんな例を見せてしまった俺に責任がある。
「行くよ藏元」
「えぇ??あ、うん??」
「なりちゃん今度しよーねー!」
下品。それに尽きる。いくら思春期真っ盛りとはいえ、色々酷すぎる。
俺たちは、東舘さんが投げキッスをしている昇降口から足早に離れた。
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